情報収集を終えると、いよいよ複数の選択肢から一つの結論を出す段階となる。結論導出のためにはメンバー全員での議論が不可欠だが、議論の場では、「目上の人」「声の大きい人」「話の上手な人」などに引きずられて冷静な判断ができなくなることも多い。このような事態を避けるために、リーダーは何をすべきか。
影響力のある人間が正しいとは限らない
ある広告代理店で新しいビールのテレビCMを企画することになり、Aさんは企画チームのリーダーに抜擢された。そのビールはアイルランドのビールメーカーと共同開発したものであり、従来の国産品とは一線を画する味が特徴だった。この点に着目したAさんは、「従来のビールとは全く異なるというイメージを想起させるCMを作る」ことを目的とし、各メンバーに企画案を検討してもらい、会議で発表してもらうことにした。
会議当日、メンバーの一人であるBさんは、「無名だが演技力に定評がある若手俳優が無言でビールを飲み続ける」という企画を提案した。この企画は当初、他メンバーからも好評だったが、会議の後半になるとなぜかこの企画を推す声が弱まり、結局別の企画を採用することになった。
会議の後、なぜBさんの提案を推す声が弱まったのかをさりげなく他メンバーに聞いてみたところ、 …
「Aさんが若手俳優の名前を見て『知らないなあ』とつぶやいたので、この案に否定的なのかなと思い、何となく推しづらくなった」という意見を聞いた。
AさんはBさんの企画にはむしろ良い印象を持っており、「知らないなあ」という発言にも他意はなかった。しかしながらこの発言が、結果的に全員の意思決定に思わぬ影響を与えてしまった。
意見の価値は「内容」で決める
議論の場では往々にして、影響力のある人物の意見に引きずられることがある。先の例の場合には、リーダーであるAさんが発した何気ない一言が、大なり小なりBさんの企画が不採用となる原因を作った。上の立場の人間の意見を、下の立場の人間は肯定的にとらえる傾向がある。また、仮に別の意見を持ったとしても、「わざわざ上司と対立する必要もない」と思い、意見を引っ込めてしまう場合もある。リーダーであるあなたの意見は、自分が思うよりも影響力を持っている。
同じように、「表情が自信に満ちている」や「声が大きい」といっただけでも、その意見が強い力を持ち、議論に大きな影響を及ぼすことも多い。このような話し方はコミュニケーションのテクニックとしては重要だが、意見そのものの価値を見誤る原因にもなりうる。
意思決定のリーダーとして議論をまとめる際に重要なのは、「『誰がどのように言ったか』は意見の価値とは無関係である」ことを忘れないことだ。
匿名で意見を集め、結論を出す
上記のように、意思決定の議論の場では、意見の価値は「何を言ったか」というその内容のみで決まるべきだ。では、内容だけで判断するにはどうしたらよいか。そのために有効なのが、「意見を匿名で集める」という方法である。
例えば、会議の前に、メンバー全員に取るべき選択肢や議題についての意見を匿名で書いてもらう。集まった意見を無作為に並べ直し、誰がどの意見を言ったのか分からないようにしてからメンバー全員に渡す。こうすると、メンバー全員の考えを「誰がどのように言ったか」という要素を排除して共有することができる。
もちろん、議論が進むにつれて、誰がどの意見を書いたか、というのは大体想像がつくようになるものだ。しかし、第一印象がその後の印象に大きく影響するように、最初に見たときに匿名であった意見は議論が続いても冷静に受け止められやすい。
紙に書いてもらうのが煩わしければ、会議の前までにメンバーにメールを送り、「率直な意見が聞きたい」と聞いてもよい。もしメンバーがリーダーである自分に対し気兼ねすることを懸念するのであれば、メンバーの一人に意見の取りまとめを依頼してもいいだろう。
このように、匿名性をうまく使うことで、目上の人や声の大きな人の意見に過度に左右されることなく、率直で建設的な議論を行なえるようになる。ただし、匿名性は決断のときまで持ち越す必要はない。議論が紛糾して結論がでないことがあれば、最後はリーダーの判断にゆだねられることもあるだろう。フレーミング、情報収集、そして充実した議論がしっかりできていれば、結論は自ずと浮かび上がってくるはずだ。