「パナマ文書」――。パナマの法律事務所から流出した機密文書から、ロシアのプーチン大統領の友人、中国の習近平国家主席の親戚などがタックスヘイブン(租税回避地)を利用している実態が明らかになりました。これによりアイスランドのグンロイグソン首相が辞任し、英国のキャメロン首相も窮地に追い込まれるなど、世界中を揺るがす大スキャンダルに発展しています。
タックスヘイブンの利用はすべて違法というわけではありません。しかし人の上に立つリーダーは、より襟を正さなければなりません。今回のタイトルを見て、勘のいい方はその意味にすぐに気が付いたかもしれません。ぴったりの中国古典の名言が古楽府(こがふ・中国古典詩の一形式)「君子行」にあります。
故事成語にもなっている有名な一節ですので、ご存じの方も多いでしょう。ウリ畑で靴が脱げたからといってかがんで履き直せば、ウリを盗んでいるのかと思われてしまいます。スモモの木の下で曲がった冠(帽子)をかぶり直せば、実を取っていると間違われてしまいます。上に立つものは、そんな疑いをかけられることはしてはならないというわけです。
あまり知られていませんが、この一文の前には次のように直接的な戒めが記されています。
君子は未然を防ぎ、嫌疑の間に処らず。
(訳)優れた人は何か問題が起こる前にそれを予防し、あらぬ疑いをかけられるような状況に身を置かない。
タックスヘイブンの活用がすべて違法というわけではありませんが、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)の温床になっていることは周知の事実。各国で税金を支払っている普通の人々の利用は一般的ではないのです。違法というわけではなくても、普通では使うことがない課税逃れを活用する行為には道義的な問題があります。
政治家や経営者といった立場にある場合、よりいっそう襟を正さねばなりません。今回の名言が示すように、自分の行為が周りにどのように見られるのかを意識して行動する必要があるのです。違法行為をしている意識はなくても、世間からはそう見られてしまう可能性だってあります。何か問題が起こる前にそれを予防し、あらぬ疑いをかけられるような状況に身を置かないようにすべきといえるでしょう。
今回の事件はお金にからむ問題です。「あんなお金を持っているのに欲深くさらに増やそうとしているのか」と感じることも一般の人が憤りを覚える理由の1つです。人間の欲望には限りがないともいえますが、それを戒める言葉が老荘思想の大著『老子』にあります。
足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず。以って 長久なるべし。(『老子』)
(訳)控えめにしていれば、辱められることはない。とどまることを心得ていれば、危険はない。そうすればいつも安らかに暮らすことができる。
「止足(しそく)の戒め」と呼ばれる有名な一節です。地位や名誉、財産に限らず、人間はもっともっとほしいと思いがちです。その際限のない欲望が正しい判断をできなくし、そしてやがて失敗や危機を招くことにつながるのです。
かつて「メザシの土光さん」と呼ばれた経済人がいました。石川島播磨重工や東芝の社長を経て、経団連会長として日本経済の発展に尽くした土光敏夫さんです。第二次臨調の会長に就任して、行財政改革に推し進めたことでも知られています。
土光さんは「私」を捨て、「公」のために尽くした清貧の人でした。東芝の社長時代には出張の際の付き人を廃止。社用車を使わず、電車で通勤していたそうです。プライベートでは、戦前に建てられた小さな平屋に住み、夫人と一緒にメザシを食べる質素な生活を送っていたというのは有名な話です。こうした土光さんの生き方がまさに「止足の戒め」の実践といえるのはないでしょうか。