戦国武将は、自分の判断1つで一族の、また国の命運を左右することが珍しくありませんでした。そのため、自らの知見を高めようと、多くの武将が勉学に熱心に取り組みました。その教材としていたのが中国の兵法書です。
例えば、中国・春秋時代の武将だった孫武(そんぶ/紀元前535年? – 没年不詳)が書いた『孫子』は、武田信玄や毛利元就が兵法の心得を学んだ書として知られています。信玄の『軍旗』に書かれていた有名な「疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山」の文句も、孫子から取られたものです。
今回は、孫子ほど有名ではありませんが、同じく兵法の名著である『六韜(りくとう)』をご紹介します。
六韜は中国・周の文王に軍師として仕えた呂尚(りょしょう)による兵法書です。呂尚の別名は太公望といいます。今でも釣りの愛好家ことを“太公望”と呼ぶのは彼が釣り好きだったことに由来します。
六韜を愛読していたのが、『三国志』で有名な蜀の初代皇帝・劉備。そして、日本の戦国時代を勝ち抜いた徳川家康です。家康の「天下は一人の天下に非ず。天下は天下の天下である」という言葉はよく知られていますが、これも六韜の一節にあるものです。
六韜は、「文韜」「武韜」「龍韜」「虎韜」「豹韜」「犬韜」の60編から成る書。攻撃の要諦、陣の敷き方など具体的な兵法について書かれた編も多くありますが、白眉は君主のあるべき姿を説いた、今でいうリーダー論の部分です。
「問題の原因はリーダーにある」という認識…
例えば「戦う時に必ず義を以ってするのは、衆を励まして敵に勝つ所以である」。戦う時に義を掲げるのは、兵士を励まして、敵に勝つためであるということです
この「義」というのは、ビジネスでいえば1つひとつの仕事の目的、会社全体では経営理念に当たるものでしょう。なぜこの仕事をするのか。なぜこの事業を営むのか。その理念を明確にすることで、社員のモチベーションを上げることができ、成功に近づくことができるというわけです。
また、六韜には「天下の利を同じくする者は、すなわち天下を得、天下の利を欲しいままにする者は、すなわち天下を失う」という言葉もあります。利益を分け合おうとする者は天下を治めることができるが、利益を独占しようとする者は天下を失う。今の時勢に照らすと、トップにいる者は社員や協力会社と利益を分け合うべきだ、利益を独占しようとするとトップにいることはできないと読むことができます。
そして、「禍福は君に在り、天の時に在らず」。問題があった時には主君に原因があるのであり、天運に原因があるのではないと六韜は語っています。事業に問題が起きたら、それはトップに原因がある。社会状況などに原因があるのではないと説いています。
このような六韜の君主論が刷り込まれていたからこそ、家康は260年にわたる徳川時代の礎を築くことができたのではないでしょうか。家康は、力が支配する戦乱の世でも学問修養を怠らない人物でした。『論語』『中庸』など中国の名著のほかに、『延喜式』『吾妻鏡』など日本の古典も愛読していたといいます。また関ヶ原の合戦の直前という緊迫した時期にも、六韜を始めとした兵書の印刷を命じるなど、周囲にも勉強を促しました。家康が自らのものとした六韜の教えはもちろん、天下人、家康の「学びを大切にする姿勢」についても、ビジネスパーソンが学ぶべきでしょう。