日本選手の活躍に沸いたリオ五輪が閉幕。2020年の東京五輪開幕まで4年を切った。開催地の東京都は産業活性化の好機を生かそうと、中小企業支援に動き出した。過去の五輪でも、多くの中小企業が飛躍した。ビジネスチャンスをつかみ取ろう。
日銀が2015年末に発表した試算では、2020年東京五輪の開催に伴う経済効果は25兆~30兆円になるという(14年~20年までの累計額)。今後、競技会場の建設、空港・道路などのインフラ整備といった大規模プロジェクトに限らず、さまざまな分野で中・小規模の案件が生まれてくる。開催地の東京都は、中小企業にとっての中長期的なビジネスチャンスと五輪を捉え、新たな取り組みを始めている。
東京都は2016年2月から「中小企業世界発信プロジェクト2020」を本格始動。その一環として、4月に東京五輪に関連する官民の入札・調達情報を一元的に集約したポータルサイト「ビジネスチャンス・ナビ2020」をオープンした。中小企業に発注情報などを提供し、受注機会の拡大を支援するのが目的だ。
東京都や国、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、大手民間企業などの発注側が、入札・調達案件を掲載。中小企業はそれに対して概算見積もりの提出や、技術提案といった受注エントリーができ、それぞれ個別商談をして契約が成立するという流れだ。10月13日時点で、発注者・受注者の合計で3533社が登録。登録には一定の審査があるものの、全国どこの企業でも無料で登録できる。
このサイトの特徴は、調達に限らず、技術ニーズ案件も掲載されている点にある。「物品・設備を何台」といった発注だけでなく、「製品開発に当たって、こんな金属加工をしてほしい」という情報も数多い。
サイトを運営する公益財団法人東京都中小企業振興公社で中小企業世界発信プロジェクト事務局長を務める村西紀章氏は「特に組織委員会の調達情報はここでしか見られなくなる予定なので、受注するにはこのナビに登録するのが一番の近道。全国の中小企業のみなさんにこのサイトを利用してもらい、ぜひビジネスチャンスをつかんでほしい」とアピールする。
このポータルサイトは英国の契約案件情報ウェブサイト「Compete For(コンピート・フォー)」を手本として立ち上げられた。12年のロンドン五輪大会時に構築され、現在も稼働しているものだ。
五輪開催時のコンピート・フォーの登録企業は約17万社。契約件数1万200件のうち、約75%の7721件を中小企業が受注した。その多くはロンドン以外に拠点を持つ中小企業だという。契約総額は約4000億円に上り、約5000人の雇用を創出。契約獲得企業は平均3800万円の売り上げ増を享受した。この成功を受けて、日本版コンピート・フォーであるビジネスチャンス・ナビ2020にも大きな期待が寄せられている。
コンピート・フォーには英国の中小企業の14%が登録したと推測される。一方、日本の中小企業は385万社。東京都中小企業振興公社は20万社の登録を目標に掲げ、利用を積極的に呼びかけている。もちろん、ビジネスチャンス・ナビ2020も同様に、五輪向けの入札だけでなく、大会終了後も利用していく考えだ。
東京五輪の招致に携わり、ロンドン視察にも出向いた日本総合研究所の大島良隆氏はこう話す。「ロンドン市は財政規模が小さいため、ロンドン大会の準備は英国政府が主体となり、中小企業や地方に仕事が波及しやすいという面はあった。東京とはその点が異なるが、五輪が全国の中小企業に商機をもたらすのは間違いない」。
五輪を機に飛躍
五輪は商品やサービスの認知度アップにうってつけの場であるため、これまでも五輪をきっかけに、多くの中小企業がさまざまなイノベーションを起こし、飛躍を遂げた。
セコムはその代表例である。1964年の東京五輪の2年前に、日本で初めての民間警備会社、日本警備保障を創業。東京・代々木にあった大会選手村の警備を請け負って知名度を向上させた。
ユニットバスルームも五輪を機に世界で最初に実用化された日本生まれの製品だ。携わったのはTOTO。当時、東京五輪開催を控え、急ピッチで高層ホテルの建設が進められる中、内装工事を可能な限り省力化するために考案された。ユニット化(プレハブ化)された浴室は建築現場ではパーツの組み立て工事だけをすればよく、それまでの工法と比べ、施工時間が劇的に短縮された。
ほかにも下表の通り、前回の東京五輪で多様な商品やサービスが誕生している。そうしたチャンスを逃すまいと、着々と布石を打ち始める中小・ベンチャー企業も増えてきた。
その1社が、さまざまな空きスペースを1時間単位で貸し借りできるマッチング事業を手掛けるスペースマーケット(東京・新宿区)。同社は7月から民泊を含む宿泊事業をスタートさせた。現在は一部特区として指定されている東京都大田区と大阪府に限り、サービスを提供している。現行法令を順守しながら、健全な民泊市場を育てたい考えだ。
実は民泊最大手の米エアビーアンドビー(Airbnb)は、ロンドン五輪を契機に市場を拡大した。現地の慢性的なホテル不足を補ったという。日本でも今後、法整備が進めば、五輪を機に民泊が定着する可能性は高い。
エスキュービズム(東京・港区)は訪日外国人の増加を見込んだビジネスを積極的に展開しており、2016年2月には英語、中国語、韓国語に対応した免税機能付きレジを発売した。商品精算後にパスポートをかざすと免税書類をすぐに発行できる。価格は1台約100万円。面倒な免税手続きの負担を軽減する商品として話題を集めており、初年度100台の販売を目指す。
開発スピードを重視
同社はもともとタブレット端末のレジを扱っており、国内約5000店に販売してきた。顧客からさまざまなニーズを聞く中で「訪日外国人には大勢来てほしいものの、免税処理が煩雑」という悩みに気が付いたという。そこで「セルフレジと免税機能を掛け合わせたら面白いのではないか」と考えて開発したのが、この製品だ。
「簡単に言えば、既存のタブレット端末、パスポートリーダー、そしてレシートプリンター、クレジットカードの決済端末を組み合わせただけ。開発期間は1カ月。スピードを重視した」と武下真典取締役は話す。画面の案内に沿って操作すればいいので、免税処理に不慣れな従業員でも扱いやすい。
一方、人材サービスのイマジンプラス(東京・渋谷区)は、メーカーや小売店向けに、中国語が話せる接客スタッフを派遣するサービスを始めた。製品知識と日本式のおもてなしを学んだ中国人スタッフを月間約1000人派遣。また、外国人従業員向けに、日本式のビジネスマナーを教える研修も実施している。
同社は創業20年。これまでは大手メーカーから依頼を受け、デジタル家電などのセールスプロモーションのための販売スタッフを育成・派遣する事業を中心に手掛けてきた。今では登録者の半数以上を中国人が占めるという。
笹川祐子社長は言う。「日本人の若者は正社員を目指す人が増える一方で、ガツガツ働いて稼ぎたいというフリーターが少なくなった。働くのは週2~3日でいいという若者が増えており、データ入力や倉庫整理に人気が集まる。おしゃれなカフェなど一部を除き、人と接する販売は敬遠される傾向も顕著だ。販売現場における中国人の派遣需要は、五輪を機にさらに発展するはず」。
特需に踊らされない
もっとも、五輪がもたらす商機を中小企業が取り込む際には、注意点もある。県内最後発ながら長年ダントツの業績を上げている中央タクシー(長野・長野市)。同社は1998年2月だけは売り上げトップから6位まで転落した。その理由は、同月に開催された長野五輪。業界が大勢の観光客や報道陣などの特需に沸く中、中央タクシーはいつも利用してくれている地元客を優先したからだ。しかし、結果的にはこのときの決断が、顧客からの信頼向上につながり、平日の昼間でも30、40分待たなければ配車できないほど大人気のタクシー会社となった。
今、「爆買い」に陰りが見え、百貨店などでは客足が鈍っている。今年に入って急速に円高が進んだ上、4月からは中国政府が海外で購入した商品を中国国内に持ち込む際の課税を強化したことで、爆買いの潮目が変わった。日本百貨店協会が発表した同月の全国百貨店の免税売上高は約180億円と前年同月比9.3%減。3年3カ月ぶりに前年同月を下回った。8月も26.6%減で、5カ月連続の前年割れを記録した。
訪日する外国人観光客は今後も増加すると見られ、東京五輪は中小企業にとって、千載一遇のビジネスチャンスであり、逃す手はない。しかし、特需に踊らされない企業姿勢も必要だろう。
日経トップリーダー/文/荻島央江