「わが社独自のノウハウ」「わが社独自の技術・ネットワーク」……あなたの会社には、こうした「売り」はありませんか?または、取引先の情報が記載された「名簿」はありませんか?
この不正競争防止法では、営業秘密を侵害する一定の行為に対し、使用等の差し止め、損害賠償、謝罪広告等の信用回復措置による保護を認めています。また、営業秘密の不正取得・使用・開示行為のうち、一定の行為を犯罪として処罰する旨を定めています。
しかし、どんなに知られたくない情報であっても、上記3要素を満たさなければ、同法上の営業秘密にはならず、同法による保護は受けられません。そのため、企業が大切な情報を管理する上では、同法上の「営業秘密といえるかどうか」という観点が非常に重要となります。
また、同法により保護されるとしても、営業秘密は一度流出すると取り返しがつきません。そのため、営業秘密は流出しないことが一番重要です。これらのことをふまえ、どのように営業秘密を管理すればよいか考えてみましょう。
秘密の管理方法です。最低限の管理の程度はケースバイケースですが、望ましい管理方法を考えてみましょう。
まず、営業秘密を管理するにしても、どの秘密を管理するかを決めなければ、管理しようがありません。そこで、何を営業秘密とするかを決める必要があります。
営業秘密は、就業規則、営業秘密管理規程や誓約書などで「顧客名簿(氏名、住所、性別、年齢等)」「仕入先リスト(企業名、住所、仕入れ価格等)」「○○の製造方法」などと個別具体的に特定することが大事です。その際、その秘密がどのような状態で保管されているのか、何に役立つのかを認識すると秘密の管理方法が考えやすくなります。また、管理部門を1カ所とすることによって、効率的に秘密を管理できます。
営業秘密を特定するにあたり、注意しなければならないことが、営業秘密を広く設定しすぎないということです。「わが社の内部のことはすべてノウハウであり、営業秘密だ」と考える方がいるかもしれません。しかし、このような考えでは、営業秘密として管理されていないと判断されたり、守秘義務契約などが無効となったりする可能性があります。そのため、企業の競争のために何を“本当の営業秘密”にしないといけないかを見極める必要があるのです。
なお、競業者が自社から流出した営業秘密を保有していると思われる場合でも、その情報が本当に自社から流出したのかどうかが不明になることもあると思います。そのような場合に備え、たとえば顧客名簿の中に虚偽の情報を予め含ませておくなど、営業秘密の中に一定の無意味なデータ等を記載しておき、相手方が自社の営業秘密を保有しているかどうか区別できるようにしておくとよいでしょう。
営業秘密へのアクセスを制限・コントロールする
営業秘密の内容を決めたら、これらの秘密をいつから、いつまで、どこで、誰が管理し、どのように廃棄するのかを考えます。そして、その情報にアクセスできる人間を一部の者に制限します。具体的には、保管場所への立ち入りの制限、ロッカーへの施錠やパスワードの設定による制限、持ち出し方法の規定などがあります。
また、アクセス権限のある者が無断で秘密を利用すること等を防ぐため、入退室時の持ち物を制限することや、外部メモリーが利用できないパソコンを使用することも有用です。営業秘密が流出した場合に備えて、情報にアクセスした記録(入室記録、アクセスログ、持ち出し記録、廃棄の記録)を残すことも大切です。これにより、いざというときに行為者や被害の範囲を特定することができるからです。
さらに、営業秘密にアクセスした人間が、その情報が営業秘密であると客観的に認識できるようにする必要があります。これには、極秘の印を押す、保管場所を分ける、秘密保持規程や契約、研修による明示などの方法があります。
アクセスした者の無断使用・開示等を制限する
対策としてはさらに、営業秘密に正当にアクセスした者が、営業秘密を不正利用しないように義務を課す必要があります。具体的な対策としては、就業規則や労働協約、個別の契約等による複製や目的外利用の禁止が挙げられます。とはいえ、就業規則や入社時の誓約書などでは抽象的な記載しかできない場合もあります。その場合には、入社後、具体的なプロジェクトに参加するとき、異動のときなど、営業秘密と接するタイミングごとに誓約書等を作成することが好ましいでしょう。
また、誓約書などの実効性を高めるため、就業規則で守秘義務に違反した場合には退職金の返還を求める、懲戒処分を行なうどの規定を定めるということも考えられます。しかし、罰を定めるだけでは、それ以上の利益がある場合に、営業秘密の流出を防ぐことはできません。
そのため罰を定めるだけでなく、秘密保護に対する手当を付けたり、ノウハウの開発に対する正当な人事評価をするなどの労務管理も重要になります。研修等による倫理意識の向上も有効でしょう。
最高の情報管理方法とは?
営業秘密を従業員が保持している以上、前記のように就業規則や契約などで守秘義務や罰則を定めたとしても、営業秘密が流出する可能性はゼロにはなりません。しかし、当たり前ですが、営業秘密をそもそも保持していなければ、営業秘密は流出しようがありません。そのため、一人の人間が営業秘密の全容を保持しないような体制にすることが、最も効果的な営業秘密の管理といえるでしょう。
たとえば、aとbの材料からcという競争力のある製品を作るとします。この場合、A氏はaの作成方法しか管理せず、bの作成方法やcの作成方法はわからないようにしておきます。同様にB氏もbの作成方法しか管理しないようにします。
そして、aとbを合わせ、cに作成する工程は、aとbの完成品の供給を受けたC氏のみが管理するとします。そうすると、A氏、B氏、C氏は全体の材料や製造方法を知ることができないということになり、誰かが営業秘密を流出させたとしても、ただちに致命的な流出となることを避けることができます。
退職者の営業秘密
営業秘密の流出でよく問題となるのが、従業員が退職後、同種の事業を行う場面です。
この場合、たとえ退職後であっても、合理性が認められる限り、契約等によって従業員に秘密保持義務を負わせることはできます。しかしその際、営業秘密を利用したかどうかは判別がつきません。
このような場合、従業員に対し、退職後の競業避止義務も負わせることによって、事実上営業秘密の流出を防ぐことが考えられます。しかし、注意しなければいけないことは、従業員は退職後、社員ではなくなるため、会社から何等かの指示を受ける立場ではなく、競業避止義務を負わないということです。
そのため、退職後の競業避止義務を定める場合には、競業避止義務を負わせるだけの合理的理由が企業に必要となります。かつ、営業秘密の対象、禁止期間(長くても2年程度)、制限の対象となる職種の範囲などを限定し、必要であれば競業をしないことによるメリットを元従業員に与えるなどの措置も必要となります。この場合のメリットを具体的に言うと、競業避止義務を課す対価として、通常の給与や退職金に秘密保持手当などを加算をすることが挙げられます。
また、この退職後の競業避止義務については、労働者の退職後の行動の予見可能性を与えるという意味でも、就業規則にあらかじめ規定するべきです。退職時に個別の契約もするべきでしょう。
情報は形のないものだからこそ、その管理は容易ではありません。まずは営業秘密が漏れることのないよう徹底した管理や対策を講じることが重要ですが、法的観点に立つと、万が一そのような情報が漏れたときに、自社の営業秘密が不当に漏えいされたと証明できるようにしておくことも重要なのです。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2014年7月14日)のものです。