会社の経営者も、いつかは代表の地位から退く時がやってきます。そんなときに何の準備もしていなければ、後継者に事業をうまく引き継ぐことができず、結局その代で会社が終わり、というケースも残念ながら起こってしまいます。
個人事業主は、事業の財産全てが相続の対象となるため、経営者の遺産は相続人の間で分割する必要があります。例えば、遺産の中に事業用の不動産が含まれている場合は、第三者に売却して、そのお金を分割しなくてはならなくなるケースもあります。
被相続人(この場合は死亡した経営者)の口座からは、遺産の分割が終わるまでお金を引き出すことができません。そのため、現在の事業の資金繰りに窮してしまうこともあり得ます。その上、相続税の支払いは原則として現金となるため、現金が足りない場合は、自社株や不動産を売却したり、お金を借りたりしなくてはならない場合もあります。
そもそも、後継者が誰なのか決定しないまま経営者が亡くなった場合は、後継者選びに時間がかかってしまうこともあります。その間は事業が滞り、従業員に給与が支払えなくなるという、企業の根幹が崩れてしまうような問題も発生する可能性があります。このようなことにならないよう、あらかじめ事業継承の筋道を立てておくことが重要になります。
事業の継承をスムーズに行うためには、まずは「事業を誰に引き継ぐか」という、後継者を決めることが重要となります。
後継者は、法的には誰でも選ぶことが可能です。親族でも従業員でも構いませんし、まったく関係のない第三者でも大丈夫です。最近は「後継者がいないから、やむを得ずに廃業する」という選択をする事業主の方もいますが、その道を選ぶ前に、国が運営する事業承継の公的窓口である「事業引継ぎ支援センター」の後継者人材バンクや、M&Aコンサルタントなどの民間業者、金融機関などからの紹介によって、後継者をチョイスし、事業を継承することも可能です。
しかし、いくら法的には問題ないとはいえ、後継者は誰でも良いというわけではありません。候補者が現在のビジネスを継承するほどの信頼に足る人間なのか、取引先、従業員に受け入れられるような人材なのかを見極めることが重要です。
贈与税と相続税は「時価」で決まる
後継者が決まれば、次は適切な資産の引き継ぎを考えます。資産移転の方法としては、大きく分けて「売買」「贈与」「相続」の3つがあります。しかし、当然ながら、いずれもそれなりのお金がかかるケースが多いのです。
例えば存命中に資産を贈与する場合、贈与を受けた側は、贈与税を支払う必要があります。贈与税は、相続税などと比べ税率も高く設定されていますので、株式を贈与しようとしても、後継者に資金的にゆとりがなければ、現実的には贈与ができません。
そのため、存命中での処分を避け、遺言(相続)により財産を移転させる例もあります。この方法では贈与税よりも利率の低い相続税が適用されますので、その分手もとに準備をする資金が少なくて済むというメリットがあります。しかし一方で、相続まで資産の移転ができないという点はデメリットです。
存命中に資産を売買するのであれば、贈与税とも相続税とも関係がありませんが、この場合はそもそも後継者である購入者側に購入資金があることが前提となります。どのやり方も帯に短し襷(たすき)に長しといったところです。
ここで考慮したいのが、相続税も贈与税も、財産が移転したときの時価で評価されるという点です。つまり、株式の価格が上昇傾向にあるならば、税金が多く取られないよう、早めに資産移動をしたほうがお得です。逆に下降傾向であれば、資産移動は遅い方が良いでしょう
ちなみに資産の一部には、価値がはっきりしていないものがあります。例えば取引相場のない自社株の場合、大企業では同様の業種における平均株価を基とする「比準方式」、中小企業では課税時期に“会社を清算した”と仮定した場合の純資産額を元とする「純資産方式」を基に算出します。そのほかの財産・負債については、簿価(帳簿に記入されている数値)ではなく、基本的に時価で再評価をします。
経営者は、このようにして算出した事業価値を前提に、後継者と事業承継の価格などの詳細について協議することになります。事業の価値について後継者とトラブルにならないよう、資産と負債をできる限り明確にし、財務諸表や伝票などを整理しておくことが大切です。
株式を誰にどのように移転させるか?
遺言で資産を移転させるケースでは、上記の内容に加え、他の相続人の「遺留分」を侵害しないことが重要です。遺留分とは、相続人に保障された相続財産における最低限度の取り分のことです。この一定の取り分を侵害すると、侵害された相続人は候補者に対し取り分を請求できるため、遺言の内容通りに相続できないケースがあるからです。
事業承継には、単に資産の移転だけではなく、経営権の移転という側面もあります。そのため、「株式を誰にどのように移転させるか」は、非常に重要な要素となります。候補者に会社の支配権を確保させるためには、できるだけ多くの株式を候補者に譲り渡す必要があるものの、遺留分があることで複数の相続人に株式を分割せざるを得ないケースも出てきます。この場合は、例えば事前に議決権を制限した株式を発行し、後継者以外の者が議決権のない株式だけを保有するように準備する、といったような対策が有効です。
事業承継には様々な方法があり、一定の手続きをすれば大丈夫ということはありません。その準備には多くの時間が必要なので早くから対策を立てるほうが安心です。しかし税制などの変更や時価の変動があることを踏まえると、必要に応じて見直すことも大切です。正解があるようでない事業継承だからこそリーダーの最後のひと仕事にふさわしい、といえるかもしれません。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年6月23日)のものです。