前編では、災害の影響により事業主が従業員を休業させる場合に休業手当を支払う必要があるのかについて、いくつかのケースを挙げて検討しました。後編では、事業主が災害を理由に従業員を解雇する場合の法律上の問題点について、前編同様、厚生労働省「令和6年能登半島地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A」(以下:Q&A)を参考に検討します。
災害を理由とする解雇について
災害の影響により会社が厳しい経営環境に置かれている場合、事業主は従業員を解雇できるかについては、労働法の規定に従って判断する必要があります。労働契約法は、解雇について「…客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています(第16条)。
これは、解雇権濫用法理という判例法理を明文化したもので、解雇が有効となるためには、①解雇に客観的な合理的理由があり、②従業員を解雇することが社会通念上相当であるという2つの要件を満たす必要があるとするものです。
一般的に、災害により事業場が被害を受け、操業不能に陥ったため従業員を解雇することは経営上の必要性に基づくものであり、解雇の客観的な合理的理由となり得ます。ただし、従業員の責めに帰すべき事由による解雇ではなく、事業主が会社を存続させるために行う人員削減であり、いわゆる「整理解雇」に該当します。
整理解雇は裁判実務において、解雇の有効性が厳格に判断されます。具体的には、①人員削減の必要性、②解雇回避に向けた努力、③被解雇者選定の妥当性、④手続きの妥当性(従業員の納得を得るための説明など)の4つの要素に関する諸事情を総合的に考慮して、その有効性を判断します。
例えば、災害によって事業場が被害を受け操業不能に陥ったとしても、操業再開の見込みがあるような場合には、そもそも人員削減の必要性(①)がないと判断される可能性があります。また、前編で紹介した雇用保険制度の特例措置や雇用調整助成金など、災害時における国の支援策を活用した雇用の維持を検討せず、いきなり従業員を解雇すれば、解雇回避に向けた努力(②)を尽くしていないと判断される可能性があります。これらの場合、結論として解雇は無効とされる可能性があります。
さらに、パートタイム労働者、派遣労働者、契約社員などに多く見られる期間の定めのある労働契約(有期労働契約)については、労働契約法第17条第1項において、「使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない」と規定されています。
正社員よりパートタイム労働者、派遣労働者のほうが解雇しやすいと考える方もいるでしょう。しかし、有期労働契約は契約期間中の雇用を保障するという観点から、無期労働契約よりも解雇は無効とされる可能性が高いと考えられます。
結局のところ、災害の影響により会社が厳しい経営環境に置かれている場合であっても、事業主は安易に従業員を解雇せず、災害時における国の支援策を活用するなどして、できる限り雇用の安定に配慮することが望まれます。
解雇予告または解雇予告手当の支払い…
続いて、使用者の解雇予告義務について解説します。災害の影響を理由に従業員を解雇する場合(ここでは、解雇自体は有効である前提とします)、労働基準法第20条第1項本文の通り、事業主は従業員に対して少なくとも30日前に解雇の予告をするか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります。
同条項ただし書きでは、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合・・・この限りでない」として、天災事変などにより事業継続が不可能となった場合には、解雇予告または解雇予告手当の支払いを要しないとしています。
災害を理由に従業員を解雇する場合、従業員に対して、解雇予告または解雇予告手当の支払いをする必要があるのかについては、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当するか否かによって決まります。
Q&Aによれば、「天災事変その他やむを得ない事由」とは、天災事変のほか天災事変に準ずる程度の不可抗力によるもので、かつ、突発的な事由を意味し、経営者として必要な措置をとっても通常いかんともし難いような状況にある場合を意味する、としています。
また、「事業の継続が不可能となった場合」とは、事業の全部または大部分の継続が不可能となった場合を意味する、としています(Q&A A3-2)。
つまり、災害により事業場の施設・設備が直接的な被害を受けたために事業の全部または大部分の継続が不可能となった場合は、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当し、事業主は、従業員に解雇予告または解雇予告手当の支払いをする必要はありません(Q&A A3-2)。
これに対し、事業場の施設・設備が直接的な被害を受けていない場合は、事業の全部または大部分の継続が不可能となったときであっても、原則として、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」には該当せず、事業主は、従業員に対して解雇予告または解雇予告手当の支払いをする必要があります(Q&A A3-3)。
ただし、取引先や鉄道・道路が被害を受け、原材料の仕入れ、製品の納入などが不可能となったために、事業の全部または大部分の継続が不可能となったときには、取引先への依存の程度、輸送経路の状況、他の代替手段の可能性、災害発生からの期間などを総合的に勘案します。事業の継続が不可能になったとする事由が真にやむを得ないものと判断される場合は、例外的に「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当します(Q&A A3-3)。この場合、事業主は、従業員に解雇予告または解雇予告手当の支払いをする必要はありません。
災害により出勤できない従業員の解雇
ここまでは、会社側の事情により従業員の解雇などが問題となるケースを説明してきました。では、会社は営業しているものの、災害により従業員が避難所にいるといった事情で出勤できない場合、事業主は、当該従業員を解雇できるでしょうか。
前述した通り、解雇が有効となるためには、①解雇に客観的な合理的な理由があり、②従業員を解雇することが社会通念上相当であるという2つの要件を満たす必要があります。
労働契約上、従業員は事業主に対して労務を提供する義務があるとはいえ、災害により避難所にいるために出勤できないというやむを得ない事由がある場合、事業主が当該労働者を出勤しないという理由で解雇することは、一般的には社会通念上相当でないと考えられます。したがって、かかる解雇は、最終的には個別の事情を総合的に勘案して判断されるものの、無効とされる可能性が高いと考えられます。
また、このような場合、事業主が当該従業員に「出勤しなければ退職届を出すように」などと退職勧奨することも慎重に考えなければなりません。退職の意思表示はあくまでも労働者の自発的な意思表示である必要があり、労働者の自由な意思表示を妨げる退職勧奨は、民法上の不法行為(同法709条)となり得ます。
災害により出勤できない従業員の処遇については、安易に解雇や退職勧奨をするのではなく労使間でよく話し合い、従業員の不利益を回避する方策を見いだすよう努めなければなりません。
今回は休業手当と解雇に絞って解説しましたが、災害時には注意すべき問題が多数あります。Q&Aではさまざまな注意点を解説していますので、ぜひ一読をお勧めします。