自分の体力に見合った山登りをするのが重要だということは、安全登山の基本であり、これまでの連載でもお伝えしてきました。しかし、山の体力的難易度はモヤッとしていて、事前にはイメージしづらいという人が大多数ではないでしょうか。今回はそんな悩みをすっきりと解決できる、客観的数値「コース定数」の話をします。
登山の体力的難度を判断するときは、ガイドブックに書かれた体力度グレードを参考にする、コースタイムの合計から予想する、登山口と山頂の標高差(累積標高差)を計算するなど、さまざまな方法が考えられます。
ガイドブックには、体力度グレードとして「体力度=★★☆☆☆(★の数が増えるほど体力が必要なことを示す)」などのように分かりやすく表記されていることもあります。しかしそれは、一般的にガイドブック著者の経験による主観的なもので、本によってばらつきが出ることもあります。また、コースタイムから判断する場合、所要時間は同じでも急登が続く山と平たんなコースでは、体の負担も違ってくるでしょう。
登山の大変さは距離や標高差のほか、コースタイムや必要となる荷物の重さなど、さまざまな要素が関わるので、これまでは客観的数値に表すのが難しいとされてきました。そんな中、登山の運動生理学を研究している鹿屋体育大学の山本正嘉教授らによって、登山の負担度を科学的な数値で表せる計算式が考案されました。その式から導き出した数値が「コース定数」です。
コース定数の計算式は「時間の要素」*1)と「距離の要素」*2)を足したものです。山本教授らは携帯型の呼吸代謝測定値を用いて、人が山に登るとき、下るとき、平たんな道を歩くときの消費エネルギーを実際に測定し、その結果を分析することでこの式を導き出しました。コースを歩くのに目安となる時間(コースタイム)、距離、累積標高差をこの式に当てはめて計算すると、高い精度で体力度を数値化できます。
◎コース定数の方程式:
行動時間(h)×係数1.8+歩行距離(km)×係数0.3+登りの累積標高差(km)×係数10.0+下りの累積標高差(km)×係数0.6
例を挙げてみましょう。
日本で一番登山者が多いという東京・高尾山の稲荷山コース往復(コースタイム計3時間、距離約7㎞、登り累積標高差約556m、下り累積標高差約556m *3)を例に計算してみましょう。
3×1.8+7×0.3+0.56×10.0+0.56×0.6=13.44
になります。コース定数は「13」と表現します。
次に、北アルプス槍ヶ岳のポピュラールートである上高地から横尾経由の往復(コースタイム計20時間、距離約39㎞、登り累積標高差約2130m、下り累積標高差約2130m *3)も計算してみましょう。
20.0×1.8+39×0.3+2.13×10.0+2.13×0.6=70.28
ですから、コース定数は「70」になります。
[caption id="attachment_25263" align="aligncenter" width="315"]
コース定数70の槍ヶ岳。体力的負担が大きいことが分かる[/caption]
一般的にコース定数が10前後は体力的に易しく初心者向き、20前後は一般的な登山向き、30前後は日帰り登山の場合は健脚向き、40以上は日帰りが困難で1泊以上の宿泊を要するコースとされます。
計算式は少々面倒ですが、計算式に当てはめることで、高尾山の稲荷山コースは初心者向き、槍ヶ岳は体力的にかなり大変な山であることが分かり、この2つのコースの体力度が「見える化」できました。山本教授はこの計算式により、全国どこでも同じ基準でコースの大変さを知ることができると話します。
自動計算できるサイトを活用
コース定数を自分で求めるには、該当コースの距離や累積標高差の数値を地図ソフトなどで算出しなければならず、少し手間がかかります。しかし、ガイドブックの中には、山と溪谷社の「分県登山ガイド」シリーズのように、「コース定数」がすでに掲載されているものもありますから、それらをチェックする手もあります。
また、本連載の第31回で紹介した「山のグレーディング」の一覧表(現在7県と1山域で作られている)にもコース定数が記載されていて、ほかの山との比較も容易です。さらに登山情報サイト「Yamakei Online」の登山計画機能を使うと、選択したコースの「コース定数」が自動で計算され、とても便利です。
日ごろの山登りから「コース定数」を意識していれば、自分にとってどのくらいの山が適しているのか、客観的に知ることができるでしょう。みなさんもぜひ、登山の計画をする際はコース定数をチェックし、安全登山につなげてください。
*1:「時間の要素」とは、人は安静時にも基礎代謝としてエネルギーを使うので、登山のときに消費するエネルギーは行動時間が長くなるほど消費エネルギーが増えることに着目したものです。登りと下りでその関係性を調べ、導き出した値である1.8を掛けています
*2:「距離の要素」では歩行距離と登り・下りの累積標高差にそれぞれ、0.3、0.6、10.0という係数を掛けています。これは水平に移動するときのエネルギーを1(0.3)とすると、下りではその2倍(0.6)、登りでは33倍(9.9)になるという実験結果を基にしています
*3:コースタイムは一般的な登山地図に記載されているもの、距離と累積標高差は数値地図ソフトにより計測した値です