グリーン上でピンをカップに立てたままカップインできるようになったことをご存じですか。これは2019年1月1日から適用されたルール改正の中でも最も目立って変わったことの1つです。目的は「プレー時間の短縮(Play fast)」。つまり、ピンを抜きに行く時間を節約するためのルール改正です。
けれど、こんな疑問が芽生えます。
「同じ組で、最初にパッティングをする人がピンを抜いたものの、2番目の人がピンを挿してプレーをし、次の3番目の人が抜き、最後の人がまたピンを挿すというようなケースは、かえって時間がかかり、プレーファーストのためのルール改正が意味のないものにならないか?」という疑問です。
今回のルール改正があまりに大きな変更であったため、私が主管するゴルフスクールでも、お客さまを対象に新ルールの説明会を数回開催してきました。そこで最も多く質問を受けたのが、今回のこの質問です。実際のプレーをイメージしてみて、みなさんならどう答えられますか。
どんなときにピンは挿したままにするか?
2018年までは、グリーン上でパッティングする際、カップに挿してあるピンに関して「あらかじめ抜いておく」、あるいは「カップの位置が分かりやすいように誰かに持ってもらい、カップインの前に抜いてもらう」のいずれかしか選択肢がありませんでした。つまり「カップインの際には抜いておく」ことしかできなかったのです。それに対して今年からは選択肢に「ピンを挿したままにしておく」が加わり、好きなやり方でプレーすることができるようになりました。ではプレーヤーは、どんなときにピンを抜き、どんなときに挿した方が有利なのかを考えてみましょう。
まず考えられるケースが、ボールを強く打ち過ぎピンに当たってはじかれるリスクを避けたいとき、ピンを抜くことを選択するでしょう。逆に下りのパットなどで、誤って強く打ち過ぎてしまっても、ピンに当たって止まってくれることを期待するときは、ピンを挿したままパッティングすることを選択すべきでしょう。
また、ロングパットでカップの位置が見えづらい場合もピンを挿したままにすることが考えられます。ただし、遠くてカップが見えづらくても、ピンにはじかれるのを避けたいときには、従来のように誰かにピンを持って付き添ってもらい、カップイン前に抜いてもらうことを宣言してからストロークするかもしれません。
このように、ピンは抜いた方がよいか、挿したままがよいかの判断は人それぞれです。そして、それが新ルールでは自由に選択できるようになったのです。
ここで覚えておいていただきたいのは、その選択は、パターでボールを打つ前に決定し、打ってから変えることはできないということです。例えば、ピンを挿したままプレーすると決めた(ストローク後にピンを抜いてもらうことを宣言しなかった)プレーヤーがストロークした後、ボールがカップに向かって動いているとします。そこで、そのプレーヤーのキャディーさんがピンを抜いてしまったら、プレーヤーは2罰打を受けます。
また、キャディーさんではなく同伴競技者がピンを抜いたら、その抜いたプレーヤーが2罰打となります。逆にピンを抜いてストロークした後、ボールが動いている最中にピンを挿し直した場合、そのピンにボールが当たってしまうと、ボールの方向を故意に変えたと見なされ、ピンを挿し直した同伴競技者は2罰打となるので注意が必要です。ボールがピンに当たらなければ問題ありません。
時短のために必要な「気配り」と「速やかな意思疎通」…
さて、冒頭の疑問「同じ組で最初に打つ人がピンを抜き、次の人がピンを挿し、さらに次の人がピンを抜き……と頻繁にピンを抜いたり挿したりを繰り返すとかえって時間がかかり、「Play fast」に反するのでは?」という話について。
この問いは、別のルールと組み合わせることで解消されます。
プレー時間短縮を目的とするルール改正の1つに、「ピンからの距離に関係なく、安全が確保されれば、準備ができたプレーヤーからプレーすることを奨励する」(通称レディーゴルフ/ready golf)があります。2018年までは、「ピンから遠い人から打つ」というルールがありました。この基本ルールは今もありますが、プレー時間を短縮するために必ずしも守らなければならない規則ではなく、プレーのスピーディーさを優先し、打てる人から打つことを推奨しています。
打てる人から打つといった場合に求められるのが、相手への「気配り」と「速やかな意思疎通」です。自分が打つ番でピンを抜きたいと思ったとき、他の同伴プレーヤーに「ピン抜いてしまっていいですか?」と声を掛け、挿しておいてほしいという人がいれば、「では私は後から打ちますので○○さんお先にどうぞ」と、自分とは異なることを希望している人に配慮します。
とはいえ、パッティングは後から打つ方が有利です。先に打ったプレーヤーのボールの転がり具合を参考にできるからです。したがって、相手が後から打ちたがっているなと察したら、そのことも考慮して声掛けする必要があるでしょう。場合によっては自分が我慢し、ピンを挿したままプレーすることも必要かもしれません。ゴルフも人生も、持ちつ持たれつですから。
逆のケースも考えられます。距離的には自分が後から打つ番で先に打つプレーヤーがピンを抜こうとしたら、「ピンを挿しておいてほしいので私が先に打ちます」というケースです。このとき、先にプレーをしようとしていたプレーヤーの行動を妨げて自分が先にプレーすることになりますので、その人への配慮と迅速なプレーが求められます。もたもたしていたら、結局ピンを抜き挿ししている方が早かったとなり、それでは本末転倒です。
ゴルフでも求められる「リーダーシップ」と「協調性」
冒頭の疑問を“効率的に”解消するなら、パッティングの際にピンを挿したままにするか抜くかで、先攻・後攻に固めてしまうこと。カップからの距離に関係なく、ピンを挿したままプレーしたい人が先に打ち、ピンを抜きたい人が後から打つ、こうすると、一度抜いたピンを再び挿したりすることなく、抜きっぱなしで最後の人までプレーできます。
このとき、必要なのは「リーダーシップ」と「協調性」です。プレーが遅くなり、前の組から離されてしまったとき、同伴プレーヤーの誰かが、「一度ピンを抜いたら全員抜いたままプレーしよう!」と呼び掛けたとしましょう。しかし、協調性のない人はそれを聞き入れず、自分のやりたいように抜き挿しするかもしれません。また、自分はピンを挿してプレーしたいと思っていても、全体のプレーの進行を考慮して我慢する人がいるかもしれません。パーティー全員が気持ちよくラウンドするためには、やはり、個々のプレーヤーが前述の「気配り」と「速やかな意思疎通」を行うことと、最初にマナーを呼び掛けた人=エチケットリーダーの意見に賛同して協調することが大切です。
エチケットリーダーの資質は、人の話をよく聞き、人の立場や状況を考慮し、全体のことを優先して考え、行動することができる人です。プレー前にパーティー1組ごとにリーダーを決めておき、ラウンド中は、リーダーが自分たちの組だけでなく、前後の様子もうかがいます。プレーヤーは自分の意思をリーダーや他のプレーヤーにはっきり伝えながらも、互いが譲り合い協力して、より良い進行を心がけましょう。
今年からのゴルフルールの大幅改正は、そのほとんどが規制緩和の方向で、初心者には易しくなりましたが、裏を返せば、より人間性が求められる、厳しいものになったといえるのではないでしょうか?
ビジネス分野においても、さまざまなルールの変更が行われます。そんな際、「以前のルール、規則の方がよかった」と嘆いていませんか。例えば喫煙に関すること。かつては自席で吸えていたタバコも、オフィス内が禁煙になり喫煙所が設けられ、そこでしか吸えなくなっています。さらに敷地・建物内が全面禁煙となる所も少なくありません。それもやはり、全体を考えてのことなのです。極端な例ではありますが、タバコの本数を減らすことで生産性が上がるケースもあるからです。
単純計算になりますが……タバコを吸う時間は1本当たり平均9分だといわれています。仮に1日の勤務時間内にタバコを5本吸った場合、9分×5本=45分間業務が停止したと計算できるでしょう。1日に吸う本数が減れば、家計の負担が軽くなる、ご飯がうまい……と、パートナーからも喜ばれるかもしれません。
取り巻く環境が変われば、それにつれて常識もルールも変わります。ゴルフと同じく、「気配り」と「速やかな意思疎通」による協調性を持って時代の変化に対応していきましょう。