プロジェクトとは、人と人が協働し、ゴールにたどり着くまでのプロセスです。人と人の営みである以上、モチベーションが成果に大きく影響します。プロジェクトリーダーにとって、チームメンバーやステークホルダーのモチベーションを維持することは、永遠のテーマでしょう。
まさにデスマーチといえるプロジェクトで、毎日深夜残業が続き、休日もほとんどなく、月間の残業時間が200時間を超える状況が何カ月も続きました。それでも、私自身は「チームリーダーである」という使命感がモチベーションとなって、そんな生活をなんとかこなしていたのです。
ただ、チームメンバーにとっては、たまったものではありません。当然、疲れ切って会社を休んだり、遅刻したりするメンバーが出てきます。しかし、独りよがりな使命感に燃えている私は「何で、ちゃんと来ないの?」と責めたてていたのです。
すると、メンバーから「そりゃ、しんどいからですよ。逆に、何で平気なんですか?」と聞かれました。私は、メンバーが自分と同じように使命感をベースとしたモチベーションを持つべきだと考えてしまっていたのです。半年後、なんとかプロジェクトが完了したとき、5、6人いたチームメンバーは1人を除いて去ってしまいました――。
プロジェクトリーダーとして知るべきは、「モチベーションは人それぞれ違う」ということです。使命感をモチベーションにする人もいれば、金銭的報酬や地位をモチベーションにする人もいます。チームの一員であることをモチベーションにする人もいれば、1人でいることを好む人もいるのです。
ここで、モチベーションとは何かについて、明確にしておきましょう。モチベーションという言葉と同じ文脈で使われるものに「やる気」があります。「彼にはやる気がある」「今日はやる気が出ない」などといいます。やる気には、そのときどきの感情や意欲といったニュアンスがあります(図1左)。
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図1:やる気とモチベーションは違う[/caption]
やる気や意欲が十分だったとしても、ビジネスやプロジェクトの成果につながるかといえば、そうとは限りません。「やる気はあるんだけれど、成果がね……」という人が周りに1人や2人はいるでしょう。
また、やる気が感情的なものである限り、それは一時的なものです。やる気があるときもあれば、やる気がないときもあります。そのような不安定なものを頼りにしていたのでは、プロジェクトを成功に導くことは難しいでしょう。
私がシステム開発のプロジェクトリーダーをしていた頃、上司からメンバーの担当替えを指示されたことがありました。ちょうどその少し前に担当を割り当てて、本人はいろいろと勉強してやる気になっていたところだったので、私は反対しました。
「今、せっかくやる気になっているのに、このタイミングで担当を替えれば、彼のやる気が失われてしまいます」。こう私が言ったのに対し、上司は「何を言ってるんだ。お前はやる気で仕事をするのか。仕事というものは、やる気がある、ないにかかわらず、やらないといけないものだ」と叱られたことがあります。まさに上司の言う通りです。仕事は顧客に貢献することによって対価をいただく行為です。やる気の有無は関係ないのです。
「マネジメント入門」(ダイヤモンド社)の著者であるスティーブン・P・ロビンス氏は、モチベーションはやる気のような一時的なものではなく、「個人が活力を高め、方向性を持ち、目標達成に向けて粘り強く努力するプロセス」であると説明しています。「活力」とは、「~を達成したい」という欲求であり、モチベーションとは、この欲求を満たすために何らかの行動を選択して実際に行動するまでの一連のプロセスなのです(図1右)。
プロジェクトリーダーの役割は、この一連のプロセスの中で「メンバーの心理的な障壁を取り除き、意欲を引き出すこと」「本人の意欲とプロジェクトの方向性を一致させること」「行動の選択を助け、継続的な努力が可能な状況をつくり出すこと」です。
マズローの欲求5段階説
モチベーションの理論として、最も知られているのが「マズローの欲求5段階説」でしょう。心理学者のアブラハム・マズロー氏は、人間の欲求には5つの段階があると提唱しています(図2)。
マズローは、5つの欲求を低次と高次に分け、低い段階の欲求が満たされなければ、次の段階の欲求は生まれないと主張しました。
低次の欲求が外的要因によって満たされるのに対し、高次の欲求は内的要因によって満たされます。人は「食べたい」「眠りたい」などの生理的欲求が満たされていない状況では、それらの欲求を何よりも優先して満たそうと行動します。人間が生きていくための最も基本的な欲求である生理的欲求が満たされてこそ、高次の欲求が現れてくるのです。
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図2:マズローの欲求5段階説[/caption]
マズローの理論から私たちが学ぶべき点は、プロジェクトに関わるメンバーが高次のモチベーションを維持するためには、まず「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」といった低次の欲求が満たされている必要があるということです。負荷が高く、十分な睡眠も得られないような状況では、メンバーのモチベーションを維持できないのです。
チームメンバーが「自分の能力を発揮したい」「創造的でありたい」など、高次の欲求を抱けるようにするには、プロジェクトリーダーとしてプロジェクトを軌道に乗せておく必要があります。心身の健康を害するような状況では、モチベーションを維持するのは難しいからです。そのためには、プロジェクトの構想や計画段階から、プロジェクトがデスマーチに陥らないための最大限の努力をしなければなりません。