筆者は国税当局勤務時代、主に資産課税部門で相続税調査に従事しておりました。このほかに、毎年7月に国税庁から公表される「路線価図・倍率表」を作成する部署(評価担当)にも従事した経験があります。こうした相続に関する総合的な経験を生かし、現在は税理士として、納税者の方からの相続税の相談や申告に対応しており、今回は、後に問題となる相続財産の分割、特に不動産の分割についてお話ししたいと思います。
「基礎控除額」と「相続財産の評価額」
相続税は誰にでも課税されるものではありません。相続税には「基礎控除額」があり、基礎控除の金額以下の相続財産であれば相続税は課税されず、税務署への申告も必要ありません。そこで問題となるのが「相続税の基礎控除額」と「相続財産の評価額」です。
まず「相続税の基礎控除額」についてですが、基礎控除額は一律の金額(3000万円)に相続人の人数で加算される金額(1人600万円)で計算されます。例えば父親(被相続人)が亡くなり、相続人が母親(配偶者)と子ども2人(長男次男)の場合、相続人数は3人で3000万円+(600万円×3人)=4800万円となります。
次に「相続財産の評価額」です。この「相続財産の評価額」とは、国税庁が定めた「財産評価基本通達」に財産の種類ごとの具体的な評価方法などに基づいて計算した、評価額の合計額のことです。
例えば、この一家が居住していた居宅とその敷地の相続税の評価額は、「売ったらいくらになるか」ではなく、建物価額は「固定資産税の評価額」となりますが、土地は「固定資産税の評価額」ではなく、各国税局で公表されている「路線価図」や「評価倍率表」を基に個々の評価額を算出します。税理士として仕事をしていますと、この評価額の計算が一番多い相談項目です。
相続手続きを進めていき、この基礎控除額と相続財産の合計額が判明した後は、相続税の申告の有無にかかわらず、相続人全員による相続財産の分割を行う必要があります。この分割内容を証明するものとして「遺産分割協議書」を作成し、金融機関で被相続人名義の預貯金の名義変更手続きなどを行ったり、法務局に不動産の相続登記を申請したりできます。
しかし、最近は“相続”を“争続”と表記して、相続人間の遺産の分割に関わる問題について警告する場合も増えています。古くは、長男が一家のすべての財産を相続する「家督相続」が法律で決められていましたが、現在はご存じのとおり、民法では法定相続分(上記の場合、配偶者:1/2、長男:1/2×1/2=1/4、次男:1/2×1/2=1/4)が規定されています。たとえ長男であっても、相続分は次男と同じく1/4となります。ただし相続人全員の同意があれば、同意した分割方法や割合で自由に相続できます。その同意内容を証するために各相続人の実印を押印した「遺産分割協議書」を作成する必要があるわけで、その「遺産分割協議書」の作り直しなどは、原則認められません。分割協議後の相続人間の財産や持分の変更は贈与税の対象となってしまいますので注意が必要です。
「遺産分割協議書」の作成に注意…
「遺産分割協議書」の作成に当たっては、真に納得のいく内容としたいところですが、この分割協議がまとまらなかったり、「家族間の関係が悪くなっても嫌だから……」と、相続財産を法定相続分で分割・共有したりする事例も少なくありません。
被相続人名義の預貯金や有価証券は解約時の金額を法定相続分で各人に分けられますが、居住用や事業用の土地・建物はそう簡単に売却できませんので、これらの分割の際には法定相続分で共有名義の相続登記を行うことになりがちです。
先日ある相談者の方から、父親の相続の際に本人と弟の2人で引き継いだ事業の店舗およびその敷地と、弟一家と母親が居住している家の敷地を3人の共有名義で相続したが、その後に母親の相続が起きた時は、居住用・事業用の特例(小規模宅地の特例:土地の評価額が一定面積を限度として80%または50%に減額される)の適用のため、その2カ所の土地・建物の母親の持分はすべて弟が相続することになりました。
ところが弟はすぐに他界し、相続が発生するも遺族は事業を継続せずにどちらも売却して共有持分で譲渡代金を分配してほしいと要請されて困っているというのです。本人が父親から引き継いだ事業を継続していくためには義妹が相続した弟の共有持分を買い取らなければいけないので、いくらで買えば贈与税が発生しないか教えてほしいというものでした。
例えば、共有持分で所有している土地を第三者に売却しようとする場合は共有者全員の承諾が必要で、それがかなわなかった場合は「共有物分割登記」を行い、それぞれの共有持分に相当する画地に割り振り、100%の所有権を所有する画地に所有権を変更してから譲渡する方法を採るか、相談者のように持分を買い取るしかありません。この共有物分割の際の土地の評価額の算出の基になるのは「相続税の評価額」となり、税理士に対しての相談も多いのです。
相続人とはならない孫の配偶者についても配慮
これまで相続税に関わってきて思うのは、亡くなった方の意志を後世につなげるためのキーパーソンは、自身の配偶者はもちろんですが、相続人とはならない子、孫の配偶者も重要ではないかという点です。
相続税の規定は民法と密接に関係しているので、配偶者は常に相続人であり、法定相続分も他の相続人の順位によって1/2(子1/2)、2/3(直系尊属1/3)、3/4(兄弟姉妹1/4)となります。さらに配偶者に対する相続税の軽減として、この法定相続分か1億6000万円までは相続税が課税されませんので、子が被相続人になった際は、先代の直系ではない血のつながらない嫁(または婿)に相続財産の多くが相続されます。
もちろん、できた嫁や婿はたくさんいると思いますが、“争族”となりやすいのは二親が亡くなった後の兄弟間での財産分割です。円満な事業承継を目指す場合はできるだけ兄弟で共有持分の相続をせず、土地は将来譲渡できる画地に分割してそれぞれ相続させることも、選択肢の一つとしてお考えいただきたいと思います。
執筆=坂本明美(さかもと あけみ)
国税庁勤務の後、東京局管内税務署で資産税事務に従事。同局課税一部機動課初の女性主査として多くの相続税調査を手掛け、資産税課実務指導専門官、監察官、副署長、資産税調査特官、局主任相談官、関東信越国税局桐生税務署長などを歴任。
2018年退官。同年8月税理士登録。一般社団法人租税調査研究会主任研究員。現在は、租税調査研究会の会員会計事務所向け相談委員(資産税担当)をはじめ、多くの相続税申告などを手掛ける。
監修=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会 専務理事・事務局長。
株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役、TAXジャーナリスト、会計事務所ウオッチャーとして活動。元税金専門紙・税理士業界紙の編集長。