ビジネスで仮想現実(VR)や拡張現実(AR)、複合現実(MR)を活用する動きが盛んだ。コロナ禍で人との接触が制限される中、直接対面せずに行える新しいコミュニケーション手段がニーズとして浮上したからだ。
「VRゴーグル」を装着して、ゲームやライブ、遠い名所旧跡などのバーチャル世界を、あたかもそこにいるかのように臨場感たっぷりに味わう。最近は、スマホを挿入するだけで簡単に使える紙製ゴーグルとスマホアプリで簡単に仮想世界を楽しめる。VR(バーチャル・リアリティー)は1989年頃からある言葉で、今では日常的に使われるようになった。
バーチャルな物体や人物を現実に重ねて映し出す「AR」も触れる機会は多い。大ヒットしたスマートフォン向けゲーム「Pokémon GO」は、カメラ越しの現実の背景にポケモンが現れ、バーチャルなボールを投げて捕まえる。ほかにも観光地やイベント、商品パッケージや新聞などのマーカーにスマホのカメラをかざすと、キャラや物体が現れたり、しゃべったり踊ったり、動画を再生できたりする仕掛けもおなじみだ。
VRやARなど、後ろに「R」が付く、仮想現実系の技術をまとめて「xR」(エックスアールまたはクロスリアリティー)と呼ぶ。ARとVRを組み合わせたゲームもあり、境界線があいまいになったり総じて論じたりするケースが増え、xRという言葉が使われるようになった。覚えておこう。
xRは現実世界において、実際には存在しないものを表現・体験できる技術の総称だ。実用化済みのxRは、AR、MR、VRに大別される。実用化はまだだが、仮想世界を現実の世界に置き換えて認識させる拡張方法「SR」(代替現実)もある。
VR(仮想現実、Virtual Reality)は、現実世界の情報は遮断し、仮想世界のみを描くのが特徴だ。VRゴーグルやヘッドアップディスプレーの装着か、大型ディスプレーでバーチャルな世界に没入できる。顔の向きに応じて視野が変化し、棒状のコントローラーを振る、ボタンを押すなどで操作する。リアルな音響や振動、角度の変わる椅子、風や匂いなどを加えられる。現実とは全く違う世界、空想の世界、遠い場所、異なる時代も再現可能だ。
現実世界(一部)に仮想の情報を重ね合わせるAR(拡張現実、Augmented Reality)は、スマートフォンやタブレットのアプリとカメラ機能を利用する。操作はスマホ画面のタッチや端末を動かして(位置や角度の変化で)行う。写真や看板、記号などをマーカーとしてカメラに写し込み、画像や3Dオブジェクト、動画などを現実に重ね合わせて表示できる。
現実世界(視界全面)に仮想の情報を重ね合わせるMR(複合現実、Mixed Reality)は、ヘッドマウントディスプレーや専用のグラス(メガネ)を利用する。操作は基本的に指などのジェスチャーや、空間に現れたパネルへのタッチで行う。マイクロソフトは、仮想世界を映し出しジェスチャーと視線や音声で操作する自社開発の「ホロレンズ」を用いた多数のMRアプリを公開している。アップルもMRやARを実現するウエアラブルデバイスを開発中だ。
接触が制限される中、xRでよりリアルな会議や接客を実現
xRはこれまでゲームや仮想体験、広告など、どちらかというとエンタメ方面で活用されてきた。だがその仮想性が、コロナ禍の人との接触が制限される状況で、にわかにビジネスでも注目されるようになってきた。
イベントや展示会など人が集まる行事がオンラインで行われる傾向だが、xRならよりリアルな体験を提供できる。「VR旅行」など、VR体験を提供するビジネスはさまざまな分野で増えつつある。
おうち時間の増加でマイホームの重要性が増し不動産需要が高まる今日このごろ、VRや360度映像で内見できるシステムが人気だという。日常用品も単なるECサイトよりも、バーチャルで実際の店舗を歩き回るように買い物ができれば面白いかもしれない。
セミナーや会議、商談会を仮想空間で開くアプリに問い合わせが急増しているそうだ。VR端末を装着しアバター姿で参加。身ぶり手ぶりで討論し、仮想のホワイトボードでアイデアを詰めるなど、よりリアルに近い形でミーティングや商談を行える。
名刺交換やあいさつなどのビジネスマナーをVRで学ぶ事例も増えている。高所や災害、事故、機械トラブルなどの体験もVRなら身を危険にさらさず味わえるので、ナレッジ共有にも有効だ。米国では社員教育にxRを活用している企業が多く、コスト削減や即戦力育成に役立てている。
ARは建築・医療分野でシミュレーションに使われるが、ほかの業界にも活用が広がっている。自分の部屋にバーチャルな家具を配置して、サイズや雰囲気を確かめつつ購入できるIKEAのアプリが話題になった。商品を立体的に配置して確認できれば、よりリアルにイメージがつかめ、業種によっては効率化や売り上げアップにつながるだろう。
美術館やイベント会場、建物などで、マーカーにスマホのカメラをかざすと説明が表示できたり、音声や動画が流れたりするのはおなじみだ。実際の風景に矢印を表示して方向を示す徒歩ナビは、方向オンチな筆者にはありがたい。看板やメニューの外国語表示、山、星座、建物、試合中の選手の名前を画面内に表示するアプリなども実用化されている。
複数名での同時体験も可能なMRでは、ホロレンズなどの端末を使い、空間上のパネルで情報を共有したり、パネル上のボタンをタッチして操作したり、3Dモデルや分子構造などの立体を空間に表示したりが可能だ。バーチャルな会議や商談を高度化するだろう。
ヘッドアップディスプレーを装着し、顔を上げるとバーチャルな設計図や回路図が出現するものもある。これならマニュアルを参照しながら作業できる。実際の人体に骨格を重ねたり、機械に回路を重ねたりして作業しやすくする試みも現実化しつつある。MRは前述のごとく複数人の同時体験が可能なので、共同作業も難しくなさそうだ。
AI、5Gとの連携
xRのビジネスへの活用は、今後、成長の余地が大きい。xRを含めたICTスキルの基礎は、総務省の「ICTスキル総合習得プログラム」で学べる。
5Gは超高速大容量、超低遅延、多数同時接続という3つのシナリオで目的や用途に応じた機能や品質を提供する。この5GとxRを組み合わせれば、遠隔地もしくは直接対面が困難な状況、急を要する状況でのリモート医療、遠隔での機械操作などがより実現に近づく。
さらに、複数のスタッフがそれぞれ別の場所からバーチャル空間に集まって、共同作業を行える。特殊な技術を持った人材を集めて、より困難な状況の解決も不可能ではない。
xRにAIが加われば、バーチャルなキャラとの対話も高度になる。リアルタイムな解説や案内、サポートが実現する。
人との接触をなるべく避けたい需要が、巡り巡ってコスト削減や人材不足の解消につながるケースは少なくない。コロナ禍と人材不足な状況が、アイデアを生み出すきっかけとなるかもしれない。先に述べたSRも現実化しつつある。xRの活用の余地は大きく、期待と夢が持てる。