島根半島から約60kmの日本海に浮かぶ隠岐諸島は、島前(どうぜん)と島後(どうご)に分かれている。島前地域は西ノ島町・海士町(あまちょう)・知夫村(ちぶむら)からなり、それらを学区とするのが島根県立隠岐島前高等学校(以下、島前高校)だ。島前地域は過疎化が進み、2000年代には島前高校の生徒数も激減。1997年の入学者数は77人(2学級)だったが、2008年の入学者数は28人で全学年が1学級になった。生徒の流出はとどまらず、同年には島の中学生の半分以上が島外の高校に進学した。このままでは、島根県の高校統廃合基準の21人を下回り、廃校になってしまうという危機的状態だった。
いずれ若者がいなくなる未来
統廃合で島前高校を失うことは、島前地域に15~18歳の若者がいなくなることを意味する。15歳で島を出て、街の高校に通った若者は、そのまま島に戻らず暮らしていく可能性が高い。島前高校の存続は島の存続と直結していた。
そこで2008年、「ピンチは変革と飛躍へのチャンス」という考え方に立ち、魅力ある高校づくりをめざす「島前高校魅力化プロジェクト」(以下、魅力化プロジェクト)が始められた。スローガンは「島前地域とともに歩む高校一人ひとりの夢の実現を目指して」。プロジェクトにおいては、まず大人たちが手本となるために、「批判者」ではなく「当事者」として動き、「できない理由」ではなく「できる方法」を考えた。また、学校・地域・家庭が協力するために、それぞれの関係を「溝・壁」ではなく「連携・協働」として捉え直した。
島内では、島で進学すると学力が伸びず、大学進学に不利だという思い込みがあった。小規模学級だからこそ、一人ひとりにきめ細かな指導ができる。それを強みと捉え、個別指導や少人数指導を手厚くし、特別進学コースを開設した。
また、生徒数が少ないと、多様な考え方に触れる機会が少ない。島外の高校生や大人たちとコミュニケーションを取る方法を模索した。生徒が地域内外のプロフェッショナルの知恵を取り入れて、実際のまちづくりや商品開発などを行うカリキュラムを導入。「地域創造コース」を開設し、体験型のプロジェクト学習を通して、チームワークやPDCAサイクルの回し方を学べるようにした。
起死回生のアイデア「島留学」…
さらに、魅力化プロジェクトの一環として、全国から生徒を募集する「島留学」制度を始めた。東京や大阪で、説明会を地道に続けた。寮で一人暮らしを始める島外生の受け入れ準備には時間がかかったが、少しずつ入学者数が増えた。
島外生と島の生徒との交流には、島の魅力が引き出される効果もあった。2009年に行われた「観光甲子園」で、島前高校の観光プラン「ヒトツナギ」がグランプリとなる文部科学大臣賞を受賞したのだ。実はこの観光プラン、観光地には訪れない。訪れるのは、島の魅力的な「人」。この独創的なプランは、島外の生徒の気づきを基に練り上げられた。
魅力化プロジェクトにおいては、公立塾「隠岐國学習センター」の役割も大きい。2010年に設立された学習センターでは、島前高校と連携した教科指導とキャリア教育を行う。学習センターはIターン者が中心になって運営され、島外の視点を盛り込みながら、先進的なプログラムを組む。生徒たち自身の興味や問題意識に基づいたテーマを議論し、プロジェクト形式で課題解決方法を探る「夢ゼミ」では、ICTを積極的に活用。島外の他校の高校生と遠隔交流授業を行っている。
全国で人気。入学者数はV字回復
こうした取り組みの結果、島前高校の生徒数は増え続け、2008年度を底にV字回復を成し遂げた。2012年度からは離島の学校としては例のない、2学級への学級増が実現した。県外からの推薦選抜では島根県内トップクラスの競争倍率となり、2013年には新入生の4割強が東京や大阪、海外など島外からの生徒となった。
この島前高校の成功事例は、国をも動かした。2012年には離島振興法において、公立学校の職員定数に関する標準法が改正。離島の小規模高校教職員数の格差是正が図られた。高校がなくなる危機を乗り越えた離島の取り組みが法律を変えたのだ。法改正によって、島前高校では教職員数や教育関係者が増え、少人数教育などの可能性が大幅に広がった。
島根県では高校魅力化のモデルを他地域に展開するため、2013年度から離島・中山間地域の高校魅力化・活性事業を開始し、8校8地域が取り組みを進めている。
島根県内だけではない。魅力化プロジェクトは、全国に大きな影響を与えた。長野県白馬村では県立白馬高校の存続に向けて、2016年度から国際観光学科を設立。コミュニティースクールづくりを始めている。また、沖縄県久米島町でも、県立久米島高校への離島留学生を受け入れる町営寮・町営塾の提供と身元引受人の紹介を始めた。
島前高校の復活は島根県内にとどまらず、過疎に悩む自治体と廃校の危機にひんする高校に大きなインパクトを与えた。島前高校にならい、地域の魅力化に取り組む自治体・高校は今も増え続けている。