1995年2月、「社団法人経済団体連合会女性の社会進出に関する部会」が「女性力活用のための男女の働き方」をテーマにしたレポートを発表しました。これは社会環境・会社の姿勢・男女会社員のそれぞれの立場から見る働き方の模索や自己変革について述べられたレポートです。
この中には、1年半にも及ぶ議論や合計約2000人の会社員(経営者・人事部長・一般社員など)を対象にしたアンケート調査などが含まれており、約20年前がどのような社会であったのかを知る上で非常に有効な資料の1 つとなっています。
職場に渦巻く女性の声なき不満
レポートを読むと、バブル経済が崩壊し「失われた20年」のスタート地点からすでに今と同じような懸念があったことが分かります。経団連は20年も前から「すでに社会は成熟し、停滞し、衰退を始めている。その流れを打開するためには、社会と会社と会社員がそれぞれ旧態依然とした過去から脱却し、柔軟な思考と対応が必要だ」と言っていたのです。
ここで特筆すべきは、当時から「男女の働き方の差と不公平」「(男性社員の)性別へのこだわりによる女性社員の扱いの不備」「女性力活用における硬直した企業風土・社会通念・個人の思考」といった内容を中心に、さまざまな面で「女性力活用」の重要性を強調していたという点です。
このように「女性力活用が現状脱却のカギ」という論点が20年前から存在していたにもかかわらず、今も変わらず多くの企業は「女性力活用が現状脱却のカギ」と言い続けていることに苦笑いを禁じえません。
続いて、同レポートの中心論点を抜粋してみましょう。同レポートは、女性力活用時に見られる主な障害として以下の6点(表1)を挙げています。これを簡単にまとめると表2のようになります。
(表1)20年前の男女の労働環境「男女がはつらつと働くうえで存在する障害」
1.「男性は仕事、女性は家庭」という画一的な性別へのこだわりの意識と制度
2.社員の同質性と暗黙の了解を前提とした会社での指示やコミュニケーション
3.ライフステージに応じた働き方や働き手の多様性を考慮しない会社中心の風土
4.育児・介護を十分にバックアップしえない社会の仕組みや「保育に欠ける自動を行政が措置する」福祉概念に立つ保育所
5.育児・介護休暇などの会社の制度があっても活用できない状況
6.労働基準法の女性保護規定、税制や社会保障などといった制度や習慣の硬直性
出典:経団連レポート「社会が変わる、会社も変わろう、男女の働き方を変えていこう(1995年2月8日)」一部抜粋、加筆修正
(表2)表1から導き出される女性力活用における主な障害
1. 日本独特の「男尊女卑意識」
2&5.上記1によってつくられた「企業風土」
3. 硬直化した企業風土の「非柔軟性」
4&6.社会的・法律的な「制度の整備不足」
この(表1)の中の、4および6についてはすでに説明したように頻繁な法改正・制度の拡充が行われているため、この点は20年の間に改善してきているといえるでしょう。しかしその他の項目は、現在の論点といっても遜色ないほど変わっていません。
後述しますが、これらの警鐘・警告を迅速に捉え、改善し、積極的に女性力活用を推進したことで業績やイメージを飛躍的に伸ばしたエクセレント・カンパニーは数多く存在します。
しかし、それらの企業とは対極に位置する「旧態依然とした男性主権の企業風土を頑なに維持している企業の数」は、改善を果たした企業の数を大きく上回っています。そしてそうした意識から脱却できない経営者や企業が、20年以上同じ課題に直面し、同じ議論を繰り返し、結果として同じ状態を維持し続けているのです。
脱却できない理由はいうまでもなく、「江戸時代から続く男尊女卑意識」が心の中に染み付いているからにほかなりません。男性社員、特に経営者が性別へのこだわりやプライドに固執し続けている限り、その企業はさらに20年後も同じ悩みを持ち続けるであろうことは想像に難くありません。
無言の圧力に悩む女性社員と経営者…
これほど長い間男女同権が叫ばれているにもかかわらず、多くの男性社員や企業がいまだに男性優位意識から抜け出せないのはなぜでしょうか?
その理由はいろいろ考えられますが、あえて2つに大別すると、男性側の「長い年月の間に染み付いた文化的意識」と、女性側の「男性主権型社会による思考停止・諦め・言論封殺」と考えられます。
現状の職場環境や待遇への不満・不安・要望といった声が出せない、あるいは声を出しても無視される、あるいは声を出したら不当な扱いを受ける……。
このような「男性社会による無言の圧力」が女性社員を萎縮させ、その結果、男性社員に「わが社の女性社員から不満やクレームの声が聞こえてこない。それはわが社の職場環境が、女性が満足できる素晴らしいものだからだ」といった勘違いを与えてしまうという悪循環に陥ることは、絶対に避けなければいけません。
悪意(男尊女卑意識)を持って、あえて女性の声を無視しているひどい企業もありますが、中には「女性社員が不満を伝えてくれればきちんと対応したい」と思っている企業・経営者も少なくありません。その場合は、たとえ現状が女性に厳しい状況だとしても、女性が勇気を持って声を出しさえすれば環境が変わる可能性は十分にあります。
しかし、それを女性に思いとどまらせているのが、上記の「長い年月の間に染み付いた文化的な(男尊女卑)意識」であり、「不満を言ったせいで降格や減給されたらどうしよう」といった実害に対する不安も手伝い、なかなか実行に移すことができないでいる女性社員も少なくありません。
「言ってくれれば対応・検討するのに……」という企業側と、「言ったら不当な扱いをされるのではないか」という女性側。このジレンマに悩んでいる人はかなり多いのではないでしょうか。
女性社員の叫びに見る改善点
女性社員が感じる不満や不安、悩みや要望といった現代の生の声を(表3)に集めてみました。多くの女性社員の声を平準化したものですが、男性主権型企業に働く女性社員の多くが似たような思いを心に秘めていると考えられます。
(表3)会社における女性社員の不満・悩み・不安の声
・管理職やチームリーダーになると、男性社員からのやっかみや過剰な対抗意識、風当たりが強い
・仕事で男性社員(特に同年代・同期)よりもいい成績を出すと陰口をたたかれる。成績が振るわないときは「女は『結婚・退職・玉のこし』という最終手段があるからいいよな」「この会社も結婚までの腰掛けでしょ?」などとバカにされる
・結婚・妊娠・出産・育児といった個人的な事情に対する扱いが男性社員と違う
例:結婚すると(仕事を続ける気持ちでいるのに)、退職前提で話をされる
家庭に入り育児に専念するのは女性として当然という意識を押し付けられる
「この忙しい時期に妊娠なんかしやがって」と文句を言われたなど
・妊娠したときに明らかにセクハラになる卑猥(ひわい)な発言を何度もされた
・出世をしたとき、男女問わず「女の武器を使って上司に取り入った」などと誹謗(ひぼう)中傷された
・上司のミスを指摘したり、男性社員の意見に反論したりすると「女は黙ってろ」と言われたり、明らかに不機嫌になったりされた
・同じ成果、同じミスをしても、男性社員の方が有利な扱いをされる
・男女比率が9:1の会社で、女性社員が「もっと女性用の福利厚生施設を充実させてください」と言うと、「数少ない女性社員のためだけに設備投資することはできない。もし女性専用の福利厚生施設を充実させると、男性社員から不公平だと言われてしまう」などと、よく分からない理由で拒絶される
・ミスをすると「女性だから……」、手柄を立てると「女性のくせに……」などと性差を強調した言葉を投げつけられる
・何かにつけて、実力ではなく性別を見られる
・会社の福利厚生が男性社員に有利なものが多く、女性社員が活用しにくい
・有給や福利厚生を申請したときに、男性社員は比較的スムーズに受理されるのに、女性社員は受理までに時間がかかったり、くどくどとイヤミを言われたり、特に問題がないはずなのに不受理になったりする
・喫煙所以外でタバコを吸う男性社員に注意したら、「女よりもハードな仕事をしているんだから、タバコくらい自由に吸わせろよ」と怒鳴られた
・男性社員と同じ成果、より大きな成果を出しても、男性の方が出世しやすい
・対外的には「男女平等」といっているが、社内風土には「男尊女卑」の意識が根付いている。
・男性社会の企業風土が嫌で、託児所などの福利厚生やその他女性への待遇がいい大企業に転職したが、実際にそれらの制度や施設を使うのは非常に困難で、結局は男性主権企業だった
・男性社員は仕事に対してやっかみ、女性社員はプライベートに対して妬んだりイヤミを言ったりしてくる
男性社員や男性経営者には、前回で挙げた「マタハラに関する意識調査」と併せて、これらの意見や声を職場改善の際の参考にしてほしいと思います。
このような例はごく一部であり、このほかにも実に多くの悩みや不満を耳にします。しかし実をいえば、総じて現在の職場環境や企業の待遇について致命的な不満を持っている人はそれほど多くはありません。
半面、男性社員のささいな言動や部署の対応について、小さいながらも数多くの不満や悩みを抱えている人はかなりの数に上ります。もちろん、すべての女性社員の不満を完全に解消することは現実的に不可能だと思いますが、彼女たちが抱える不満の中には、男性社員の心がけ1つ、思いやり1つで解消されるものも少なくありません。
たとえ自社に文句や不満を言う女性社員がいなかったとしても、それは前述のような「男性社会による無言の圧力」によって、声を上げることを恐れた結果という可能性もあります。
経営者としては、不満の声が表面化していないというだけで満足せず、常に「もしかしたら心の中で彼女たちは不満を抱えているかもしれない」という意識で接してください。そして時には彼女たちの不満をくみ取るための機会や制度を設けてください。
またそこまでしなくても、男性社員が「彼女は不満を抱えているのではないか?」という意識を持って女性社員に接するだけで、自然と不満が解消するケースもあります。今回、紹介した女性社員の生の声に耳を傾け、すべての男性社員がその声としっかり向かい合うようになったとき、初めて本当の意味で「わが社に不満を持つ女性社員はいない」と言えるのかもしれません。