製造業において、設備機器の故障やトラブルは深刻な問題だ。たとえ一部の機械の小さな故障であっても全体の稼働を止めなければならない場合があり、生産がストップする可能性がある。こうした事態を防ぐため、製造現場では定期的な点検を行い、保守担当の技術者はラインをくまなく巡回している。
保守・点検の作業領域は多岐にわたり、さまざまなデータが活用されているが、それでも、技術者の「勘」が大きな役割を果たしている。稼働中に少しでも「いつもと違う」と感じたら直ちにチェックし、故障する前に予兆の段階で対処し、生産への影響を食い止める。このような長年の経験によってトラブルを未然に防ぐベテランの存在は心強い。
ところが最近、こうしたベテランの経験を活用する体制を維持するのは難しくなっている。長年保守を担当してきた技術者が退職期を迎え、後を担う若手も人手不足の影響などで確保できず、経験の伝承もうまくいっていないケースが少なくない。
そうした状況でも製造現場では、故障を予兆レベルで発見する必要がある。そこで求められるのが、技術者の「勘」をITで「見える化」にすることである。その1つの答えとしてNTTグループでは「音」に着目した。
機器の故障そのものを検知するシステムは、これまでにも各種提供されている。しかし、その多くがあくまで故障が発生したことを検知するもので、発生に至る”予兆”を把握するわけではない。NTTデータは、故障の予兆がどのようなものかを知るために各企業のベテラン技術者から聞き取りを行った。
その結果、浮かび上がってきたのが「故障などのトラブルが発生する前に”音”が変わる」ことだ。故障の予兆と動作音の間に密接な関係があることに着目したNTTデータは、NTTメディアインテリジェンス研究所(以下、NTT研究所)が開発した異常音検知技術を用いて「異音検知ソリューション」の開発に着手した。
異常音検知はNTTグループのAI「corevo」を活用する技術の1つで、従来の異常音だけを蓄積する方法ではなく、正常な稼働音を事前に覚えさせることで、未知の異常音を検出できるのが大きな特長だ。ベテラン技術者が「異常音」と感じるポイントは正常時との差であることから、正常稼働中の動作音を基準として、その範囲から逸脱した音を分析する。
異音検知ソリューションの根幹を成す「稼働音解析システム」は、設備機器に設置したマイクからリアルタイムで稼働音を収集して正常時の音をモデル化し、その範囲から逸脱した音を分析する。システムが異常音と判断した場合はアラートを発行する。これまで技術者の勘で判断するしかなかった異常音が解析され、データとして示されることは、故障発生を防ぐために有効なものだ。
工場内には多くの機器があるため、それぞれの機器が発する音が「雑音・騒音」となって分析の支障になる恐れもある。稼働音解析システムではNTT研究所が培った高度な音響解析技術により、対象となる機器の音を絞り込み、必要なデータを収集することを可能にしている。
実証実験で有効性は検証済み、導入も容易
このような経緯で開発された異音検知ソリューションは、2016年11月、サービス提供を開始した。ユーザー企業の1社であり、サービス提供に先立つ実証実験に参加した造船企業は、船舶用ディーゼルエンジン製造の基幹生産設備に導入し、有効性を検証した。
収集したデータのグラフには異常音発生の記録が詳細に表示され、技術者の「勘」が見える化できていることを実証した。今後は工場全体に導入を進め、点検が困難な高さ10メートルを超える場所にある設備機器の稼働音なども収集する計画だ。
今回開発した異音検知ソリューションの特長として導入が容易なことがある。音声解析はすべてソフトウエア上で行われるため、インターネットなどに接続されている環境であれば、市販されている汎用のマイクとパソコンにより簡単に導入可能だ。製造機器自体はそのままで利用できるため、製造設備の種類や規模を問わずに導入できる。
音以外に保全・稼働のログデータを組み合わせて機能強化
現在、異音検知ソリューションは機器の稼働音データだけを収集・分析している。今後は、保全ログデータや稼働ログデータを組み合わせることで、より精度の高い予防保全を実現する計画だ。また、corevoとの連携も深め、ディープラーニングによる異常発生の長期的な予測など、新たなステップをめざす方針だ。
異常の予兆を検出するソリューションは製造業に限らず、幅広い分野で注目されている。例えば、建物設備や道路、橋といった都市インフラの保守・点検は工場と同様、技術者の「勘」に頼っている部分が大きい。これらの稼働音や発生音を見える化することは、保守・点検業務の効率化につながるだろう。
ベテラン従業員の退職による技術の断絶、高度成長期に建設された公共インフラの老朽化など非常に重大な問題の解決につながる異音検知ソリューションの活躍の場は、今後、大きく広がるはずだ。
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