デザイン・シンキングもしくはデザイン思考として、知られる手法について具体的な事例を基に解説する連載の第4回。ヤフーの後編です。新しい情報サイトの開設とタブレットシステムの開発の具体的なケースを基に、ユーザーの生の声をデザインに落とし込むヤフーの取り組みを紹介します。
ヤフーでデザイン・シンキングを活用した事例として、Tポイント・ジャパンと共同で行った「T-UNITプロジェクト」がある。「Tポイント」はカルチュア・コンビニエンス・クラブが展開するポイントサービスで、Tポイント・ジャパンは、そのサービス運営会社である。Tポイントの加盟店向けにPOSレジ代わりの使いやすい専用タブレットを貸与することで、加盟店の拡大を狙っていた。この専用タブレットの開発にデザイン・シンキングの手法を取り入れた。
開発メンバーは加盟店に出向き、Tポイントのカードが実際にどのように利用されているかを観察した。レジでの店員と顧客のやり取り、業務の流れ、感情の変化などをさまざまな加盟店や時間帯で把握した。すると現場の運用は、混雑などの状況で加盟店や店員ごとに異なり、必ずしもマニュアルと同じ行動を取るとは限らないことが分かった。
Tポイントカードを使用している顧客はもちろん、使わない顧客の様子も分析。カードで決済している途中でも、帰りのエレベーターが到着するとポイントの付与をキャンセルしてまでエレベーターに乗り込む顧客の姿もあった。
こうして得られた気付きなどから共通項を探し、ディスカッションを続けて、プロトタイプ端末を開発した。しかしプロジェクトにかかわるさまざまな関係者にプロトタイプ端末を見せると、操作性などについて異なる意見が出てきたという。
「ユーザーを実際に観察した開発メンバーは同じ考えだったが、違う見方をする関係者もいた。意見をまとめるためにも、プロトタイプ端末を加盟店に持ち込んで使ってもらう、フィールドテストを実施すべきと判断した」(スマートデバイス戦略室の藤原亮・クリエイティブディレクター/黒帯アプリUI)…
[caption id="attachment_12672" align="aligncenter" width="343"]
Tポイント加盟店向けの専用タブレット開発に生かしたときは「渋谷ダイニングぷん楽」の協力を仰ぎ、フィールドテストを実施。顧客の動きをビデオで撮影して検証した[/caption]
店員に使い勝手などを検証してもらったところ、入力時のボタンの色や画面周りの操作性への評価は、ほぼ予想通りだった。フィールド観察時に、データ入力のスピードが接客時にいかに重要だったかを理解していたからだ。例えば入力するとボタンの色が変わって確実に登録されたことが分かると、ユーザーの安心感につながる。色が変わらなければ登録されたかどうか不安になって、何度もボタンを押して時間がかかっていた。
フィールドテストの状況を撮影して報告会で見せたところ、ユーザーの利用実態を目の当たりにすることで、それまでは異なる意見を持っていた関係者も理解を示してくれるようになった。この専用タブレットは順調に普及台数を伸ばしているという。
[caption id="attachment_12672" align="aligncenter" width="345"]
POSレジ代わりになる使いやすい専用タブレットを加盟店に貸与することで、Tポイントの拡大につなげる。タブレットなのでPOSレジより設置面積が小さくなる[/caption]
Yahoo!知恵袋のアンドロイド版開発に
スマートフォンのアンドロイドOS用アプリ「Yahoo!知恵袋」を2016年4月にリニューアルした時もデザイン・シンキングの手法を採用した。
同サービスはネット上で参加者同士が知識や知恵を教え合うというもの。パソコン上で提供するだけでなく、利用者が急増しているスマートフォンをプラットフォームにしたアプリへのシフトが急務となっている。既にiPhoneのiOSやアンドロイドOS向けのサービスは提供しているが、さらなる使い勝手の向上を図るために今回、アンドロイド版をデザイン・シンキングで見直した。
「アプリの主なターゲットは10代の若者たち。この層のニーズを深掘りして、アプリへのシフトを円滑に進めたかった」(メディア・マーケティングソリューションズグループ メディアカンパニー 生活メディア事業本部・事業開発1部開発1の小宮崇央氏)
プロジェクトは2015年10月から開始し、メンバーはデザイナーやエンジニア、マーケッターなどで構成。まず10代のユーザー6人にヤフーのオフィスへ来てもらい、普段の生活の様子や行動パターンのほか、どんなことに悩み、それを誰に相談しているのかなどを1人ずつ1時間ほどインタビューした。
相手は10代の学生なので、インタビューは週末に行い、できるだけ気さくな雰囲気で会話を進めた。この模様はビデオにも録画し、受け答えの内容や状況を詳細に分析できるようにした。
インタビューの結果、10代ユーザーたちの多くは悩みに対してまずネットで必要なことを調べ、それでも答えが見つからないときはYahoo!知恵袋を活用するなど、非常に真面目な態度で臨んでいたことが分かった。さらに改めて明らかになった点は、全員がとてもゲームが好きだったということだった。想像はついていたが、10代にとってスマートフォンのゲームはなくてはならない存在だったのである。
そこでゲームの視点をリニューアルに生かせないかといったアイデアが出てきた。その後にアプリのプロトタイプを作り、別の6人のユーザーに見せて、開発の方向性を確認した。
最終的な画面ではパソコンより投稿しやすいように、アイコンを分かりやすくした。さらにユーザー自身でカスタマイズしやすいようにしており、例えば自分の好きなキーワードを登録しておけば、そのキーワードで検索できる。これまではアクセスランキングしか画面に出せなかったが、今ではユーザーが自分の好きなキーワードで調べることも簡単にできる。こうした新しい機能の追加は、10代ユーザーがスマートフォンのゲームに慣れ親しんでおり、自分で好きにカスタマイズしたいというニーズを反映させたものだ。
[caption id="attachment_12672" align="aligncenter" width="200"]
デザイン・シンキングを適用する前のアンドロイド版「Yahoo!知恵袋」のアプリ画面。アクセスランキングは表示できた[/caption]
[caption id="attachment_12672" align="aligncenter" width="200"]
デザイン・シンキング適用後のアプリ画面。ユーザーがキーワードで検索できたり、画面右下のアイコンで投稿しやすくしたりしている[/caption]
「ユーザーの生の声といった定性データの重要性は今までも理解していたが、それを具体的にどうやってサービスに落とし込むかが分からなかった。それがデザイン・シンキングの手法によって、よく理解できた」(メディア・マーケティングソリューションズグループメディアカンパニー 生活メディア事業本部・デザイン開発部デザイン1の真貝里絵氏)
こうした改善により、アンドロイド版の投稿数は順調に伸びており、事前に設定した目標を達成できたという。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年4月)のものです