社員には気持ちよく働いてもらいたい。気持ちよく働いてもらったほうが労働の生産性が上がり、明るく活気のある職場になる。ほとんどの経営者は、そう考えているのではないでしょうか。
しかし、労使関係が契約による関係である限り、労使間にトラブルが起こることは必然かもしれません。ということは、会社は社員とトラブルになった場合のことを考え、コンプライアンスを徹底し、弱みを見せないことが必要となります。
労働者と使用者の間には、どのようなトラブルが考えられるのでしょうか。これに関しては、過去にどのようなトラブルが発生し、どのような解決に至ったかを知っておくのが一番です。
連載第1回は、トラブル例を紹介する前提として、厚生労働省が発表した「平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況」および「平成28年度都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況」のデータを踏まえ、労使間のトラブルを防ぐためには、どのようなことを知っておかなければならないかを考察してみましょう。
個別労働紛争解決制度の枠組み
現在の個別労働紛争解決制度は、個別労働関係紛争解決促進法に基づく(1)労働相談(2)労働局長による助言・指導(3)紛争調整委員会によるあっせん(均等法に基づく「調停」を含む)が行われています。
なお、均等法に基づく「調停」とは、「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」「パートタイム労働法」の3つに、2016年4月から「障害者雇用促進法」を加えた4つの法律に該当する相談に対して行われるもので、都道府県労働局雇用均等室で行われるものです。
(1)労働相談センター
2017年4月1日現在、全国の都道府県労働局と労働基準監督署など380カ所に設置された労働相談を受けるための窓口です。労働基準法などに違反している案件については、労働基準監督署の行政指導などによる解決が図られます。民事上の個別労働相談については、都道府県労働局長による助言・指導または紛争調整委員会によるあっせんが行われます。
(2)都道府県労働局長による助言・指導
民事上の個別労働紛争について、都道府県労働局長が紛争当事者に対して解決の方向を示すことにより、紛争当事者の自主的な解決を促すものです。
(3)紛争調整委員会によるあっせん
当事者の申請によって行われます(図表1)。都道府県労働局の職員が、被申請者の参加の確認や被申請者の主張や事情などについての事前調査を行います。あっせんは、通常弁護士や大学教授など労働問題の専門家である委員1人が担当し、個別(労使が顔を合わせることはありません。それぞれ別に呼び出され、事情を聴かれることになります)で進められます。非公開であり、原則、1回の調査で終結します。あっせんに基づく当事者間の合意は、民事上の和解契約となり、合意に至らなければあっせんは「打ち切り」となり終了します。
◆図表1 個別労働紛争解決制度の枠組み
出所:「平成26年個別労働紛争解決制度の施行状況」より
相談件数の推移…
図表2のグラフを見て分かる通り、2016年度の総合労働相談件数は113万741件となっています。2009年度をピークに徐々に下降はしてきましたが、2016年は前年より10万件近く増加しました。
◆図表2 表面化している労使トラブルは100万件以上
また、2016年度の民事上の個別労働紛争相談件数は25万5460件となっており、やはり前年より大幅に増加しています。つまり、表面化している労使トラブルだけでも100万件を超えているということです。
言い換えれば、今のところは表面化していない労使トラブルを含めると、日本中にどれだけの労使トラブルの火種があるのか分かりません。労使トラブルは、決して対岸の火事ではありません。
民事上の個別労働紛争相談件数については、5年連続で「いじめ・嫌がらせ」がトップで、これに「自己都合退職」、「解雇」、「労働条件の引き下げ」などが続きます(図表3)。
◆図表3 「いじめ・嫌がらせ」の相談件数が一気に増加
リーマンショックが起こり、景気が停滞し、会社の経営状態が悪化したときには、「解雇」に関する相談件数が最も多かったのですが、現在は、社員たちのストレスが原因か、あるいは「ハラスメント」が世間の注目を集めるようになったからか、「いじめ・嫌がらせ」の相談件数が一気に増加しています。
男女雇用機会均等法に関する相談
2016年度に雇用環境・均等部(室)に寄せられた男女雇用機会均等法に関する相談は2万1050件でした。相談内容で最も多いのが「セクシャルハラスメント」に関する相談で7526件(35.8%)、次いで「婚姻、妊娠・出産などを理由とする不利益取り扱い」の5933件(28.2%)、「母性健康管理」の2755件(13.1%)が続いています(図表4)。
◆図表4 男女雇用機会均等法関連の相談件数と内容(2016年度)
育児・介護休業法に関する相談
2016年度に雇用環境・均等部(室)に寄せられた育児・介護休業法に関する相談は10万7564件でした。そのうち育児関係が5万9813件で、介護関係が4万6323件でした(その他に職業家庭両立推進者などの相談が1428件)。
育児関連の相談内容で最も多いのは「育児休業以外(子の看護休暇、所定外労働時間の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、所定労働時間の短縮措置等、労働者の配置に関する配慮)」で2万7729件(46.4%)、次いで「育児休業」の2万1933件(36.7%)となっています(図表5)。
一方、介護関連の相談内容で最も多いのは「介護休業以外(介護休暇、所定外労働時間の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、所定労働時間の短縮措置等、労働者の配置に関する配慮)」に関する相談で2万7085件(58.5%)、次いで「介護休業」の1万5925件(34.4%)です(図表5)。
◆図表5 育児介護休業法関連の相談件数と内容(2016年度)
2016年度に雇用環境・均等部(室)に寄せられたパートタイム労働法に関する相談は2607件でした。相談内容で最も多いのは「体制整備」に関する相談で664件(25.5%)、次いで「均等・均衡待遇関係」の546件(20.9%)となっています(図表6)。
◆図表6 パートタイム労働法関連の相談件数と内容(2016年度)
次回以降は、以上で挙げた各種トラブルの典型的なケースを基に、対策を1つひとつ解説していきます。
※掲載している情報は記事執筆時点(2016年10月)のものですが、2018年5月に一部の表現を変更し、調査データを更新しました
日経トップリーダー/編著