寒さが厳しい季節になってきました。冷えた体を温めるには、お風呂が一番。温浴効果のある入浴剤を入れれば、一層効果的です。現在、多くの入浴剤が販売されていますが、その中で超ロングセラーとなっているのがバスクリン。90年近くにわたってお風呂の友であり続けている人気商品です。
バスクリンが発売されたのは、1930年のこと。しかし、そのバスクリンにも前史があります。
1893年、大和(現・奈良県)出身の若者・津村重舎が、東京・日本橋に漢方薬局の中将湯本舗津村順天堂を開店しました。主力商品は店名にもなっている「中将湯」。重舎の母方の家に代々伝わる婦人薬です。ちなみに、津村順天堂は株式会社ツムラの前身。現在でも、中将湯はツムラの商品ラインアップに入っています。
中将湯は16種類の生薬を配合して作られる薬ですが、製造の過程で生薬の残りかすが出ます。ある日、この残りかすを津村順天堂の社員が家に持ち帰り、お風呂に入れてみました。すると、体がポカポカとよく温まります。また、湿疹がよくなるといった効果も見られました。
そこで、婦人薬の中将湯とは別に入浴剤の「くすり湯 浴剤中将湯」を発売することになったのです。
当時は、個人の家に風呂があるのが珍しい時代。浴剤中将湯の主なターゲットは銭湯でした。浴剤中将湯を入れた銭湯は、のれんやカンバンに「中将湯温泉」と銘打ち、大々的にアピールします。これが評判を呼び、浴剤中将湯はヒット商品になりました。
しかし、ここで問題が起きます。浴剤中将湯は体を温める温浴効果に優れていましたが、夏場の風呂上がりでもずっと体がポカポカと温かく、「湯上がりの汗が引かなくて困る」という声が聞かれるようになったのです。
内風呂普及の流れに乗り、大ヒット商品に…
そこで、京都大学の教授と共に夏向きの入浴剤の開発に着手。生薬を使った浴剤中将湯とは異なり、温泉成分である乾燥硫酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを有効成分とする「バスクリン」が誕生しました。
オレンジ色の粉が湯に入れると緑に変わり、爽やかな松葉の香りのするバスクリンは銭湯を中心に人気を呼びます。
戦時中は物資の不足により発売中止に追い込まれましたが、終戦から5年後の1950年には発売を再開。高度成長期に入った日本では内風呂が付いた一戸建て住宅や公団住宅、アパートが増え、生活に豊かさを求める人々の間で入浴剤のニーズが高まりました。そして「遠くの温泉より我が家で温泉気分」というキャッチフレーズのテレビCMと共に、バスクリンは生産が追いつかなくなるほどの大ヒット商品となります。
以降、ツムラから分社・独立して株式会社バスクリンが製造・販売するようになった現在に至るまで、バスクリンは広く愛されるロングセラーになっています。
ただ、人々の趣味、嗜好が変わる中、一世紀近く同じ姿でいたわけではありません。温浴効果によって血行を促進し、疲れ・冷え・肩こり・腰痛に効果があるという特長は発売以来変わっていませんが、時代によってマイナーチェンジや、ラインアップの拡充を繰り返してきました。
最も変化が分かりやすいポイントは香りです。1930年に販売を始めたとき、バスクリンは松葉の香りでした。そこからブーケ、ジャスミンの香りになり、1967年には「香りのシリーズ」としてリリー、ローズなどをリリースしました。
1987年、若い女性向けにヒヤシンスの香りの「フローラル」、シトラスの香りの「ミントコロン」を発売。自然志向を反映して1996年には天然アロマ香料を配合した「森の香り」を 、2001年には「ひのきの香り」を発売するなど、さまざまな香りのバスクリンが世に出てきました。
服やヘアスタイルが時代によって移り変わるように、香りも時代によって人々の好みが変わります。バスクリンには専任の調香師が在籍しており、香りの嗜好の変化やトレンドを研究。時代に合った香りを作り出してきました。現在販売されている、ゆずの香り、レモンの香りなど10種類のバスクリンもその反映です。
ジャスミンの香りは1950年代から現在に至るまでバスクリンの定番になっていますが、同じジャスミンの香りでも時代に合わせて微妙に変化させるなど、香りには細心の注意が払われています。
ヒットして商品の認知度が高まりブランドとして確立すると、変化させるのが怖くなり、守りの姿勢に入りやすくなるかもしれません。しかし時代が移るにつれ、人々の好み、嗜好も変わっていきます。そこで、何を商品の核として変えずにおき、何を変えていくのか。その判断が、一時のヒットに終わらせず、ロングセラーへと成長させるポイントになります。
ロングセラー商品の中には、「発売当初と変わらぬ」をセールスポイントにしているケースもありますが、実は時代に合わせた変更を繰り返しているケースも多いのです。バスクリンの場合、温浴効果のある粉末入浴剤という部分は発売当初から変えることなく、香り、あるいはロゴやパッケージを時代に合わせて変化させ、消費者の支持を受け続けているのです。