カレーは外食するほか、家庭でも調理されて食卓に上ります。もっとも昔は、カレー粉を用いて調理していました。その後カレールウの登場により、非常に手軽に作れるようになります。そしてレトルト(加圧加熱殺菌装置)で殺菌をした「レトルトカレー」が登場。生活環境が変化する中、時間をかけずに食べられる簡便性が支持されています。
世界初の市販用レトルトカレーとして、1968年に発売がスタートしたのが大塚食品のボンカレー。レトルトカレーの代表的ブランドとして50年以上にわたって人気を集めているロングセラー商品です。
大塚食品の始まりは、1964年。関西でカレー粉や即席固形カレーを製造販売していた会社を大塚グループ(大塚製薬や大鵬薬品工業など大塚ホールディングスを核としたグループのこと)が引き継ぎ、大塚食品工業が誕生しました(1989年に大塚食品に社名変更)。
当時は、一般家庭でも洋食化が進んだ時代。カレーは、日常的に親しまれるようになっていました。カレー粉やカレールウを製造する会社は多く、激しい競争を繰り広げていました。後発の大塚食品工業としては、既存の製品にはない「強み」が欲しいところです。
そんな折、開発陣の目に留まったのが米国のパッケージ専門誌『モダン・パッケージ』に掲載された記事でした。その記事には、軍用の携帯食として缶詰の代わりにソーセージを真空パックにしたものが紹介されていました。「同じようにカレーをパックにできたら、お湯で温めるだけで食べられるカレーができるのではないか」。ここから、まったく新しい形の商品開発が始まりました。
しかし、パックにするノウハウは公開されていません。どうやったら、カレーをパックにできるのか。試行錯誤の日々が続きました。
カレーを入れたパウチ(袋容器)をレトルトに入れ、処理しますが、中身が膨らんで破裂したり、殺菌が不十分になったりすることが続きます。開発室にカレーの匂いが充満する中、パウチの耐熱性、強度、殺菌条件などの組み合わせ方を変えながら、幾度となく繰り返しテストを行いました。
そうしてできたのが、お湯で温めるだけで食べられる「ボンカレー」です。1968年2月12日、阪神地区限定で販売を開始しました。ちなみに、ボンカレーの「ボン」は、フランス語のBON(良い、おいしい)。ボンカレーは「おいしいカレー」です。
ただ、こうして試行錯誤を重ねてできたボンカレーもちょっとした問題を抱えていました。最初の「ボンカレー」は、ポリエチレンとポリエステルの2層構造の半透明パウチを採用していました。そのため光と酸素によって風味が失われてしまい、賞味期限は冬場で3カ月、夏場で2カ月しかありませんでした。長期の保存に向いていなかったのです。また、強度にも問題があり、流通過程で破損するケースがありました。
こうした問題を解決するため、改良に取り組みます。その結果たどり着いたのは、パウチの素材としてアルミ箔を加えることです。アルミ箔は光と酸素を遮断するため、長期保存が可能になります。また、ポリエチレンとポリエステルだけのパウチと比べて強度も増しました。このアルミパウチの開発によって、賞味期限は2年間に伸びました。また、流通過程で破損することもなくなり、全国展開が可能になりました。
こうして1969年5月、「ボンカレー」は全国発売されました。
今でこそボンカレーは広く食されていますが、発売当初の反応は思わしくありませんでした。当時は外食のうどんが50~60円という時代にもかかわらず、「ボンカレー」は1袋80円。高価な牛肉だけを使い、野菜もふんだんに盛り込むなど品質には気を配りましたが、いかんせん「高い」という印象は拭えませんでした。
そこで、販売促進策の一環で、同社は販売店を相手に試食会を実施。ボンカレーのおいしさを販売店が実感する機会を設けます。また、女優の松山容子がボンカレーを持ったホーロー看板を宣伝用に製作、小売店の店頭に貼ってもらえるよう営業をかけていきます。その結果、ホーロー看板は全国で9万5千枚も貼られました。こうして知名度が上がった「ボンカレー」は次第に販売数を伸ばし、1973年には年間販売数が1億食に達しました。
1978年には、日本人の嗜好の変化に合わせて香辛料やフルーツをぜいたくに使った新商品「ボンカレーゴールド」を発売。「ボンカレー」ブランドは、すっかり日本人の暮らしに定着します。
電子レンジで温められるパウチへの挑戦
しかし、「ボンカレー」の進化はここで止まりません。従来はカレー粉やカレールウで作っていたカレーをお湯で温めるだけで食べられるようにした「ボンカレー」は、非常に利便性の高い商品として人気を集めました。
しかし、日本人の調理方法は変化していました。従来、温かい料理を食べようとすれば、ガスコンロで温めるのが一般的でした。ボンカレーもガスコンロにかけた鍋で「湯せん」するのが基本的な調理方法です。
それに対し、一般家庭では料理を温めるときには電子レンジを使う機会が増えていました。そこで、「ボンカレー」も電子レンジ対応型へとかじを切ります。
湯せんで温めるのと電子レンジで温めるのでは、パウチに求められる性質がまったく異なります。従来のアルミ箔を使ったパウチだと電子レンジで温めたときに火花が散ってしまい故障の原因になりますし、火災などの事故にもつながりかねません。また電子レンジで加熱すると、お湯で温めたときよりも内部は高温になり、圧力も上がります。高温・高圧に耐えられる強度も必要でした。
さまざまな資材を調査した結果、開発チームは特殊な加工を施したポリエチレンテレフタレート(PET)にたどり着きます。このPETを使えば、電子レンジで温めても火花が散らないことが分かりました。強度についても、形状から構造、量産の方法までさまざまな角度から検討を重ね、テストを繰り返しました。
こうして2003年には、箱ごと電子レンジで温められる「ボンカレー」の発売をスタートします。2013年には「ボンカレーゴールド」も箱ごとレンジできるようになり、全国展開する「ボンカレー」はすべてレンジ調理が可能になりました。
1968年に登場した「ボンカレー」は、それまで手間をかけて作らなければ味わえなかったカレーを、お湯で温めるだけで楽しめるようにした画期的な商品でした。
しかし苦労を重ねて開発した当初のパウチにとどまることなく、電子レンジでも温められるパウチの開発に乗り出し、生活様式の変化に合わせて進化を続けてきました。「ボンカレー」がレトルトカレーのロングセラーとして愛され続けている背景には、こうした進化があったのです。