「事業承継」社長の英断と引き際(第46回)長男から三男へ、思いをつないだ事業承継(後編)

事業承継

公開日:2022.11.25

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千房(お好み焼きチェーンの運営)

中井政嗣(なかい・まさつぐ)
1945年、奈良県出身。1973年、お好み焼専門店「千房」を開店。2018年に三男の貫二氏に事業承継し、代表取締役会長となる

 事業承継のヒントを紹介する連載の第46回は、前回に引き続き、大阪市浪速区に本社を構える、お好み焼きチェーン「千房」の創業者で、現・代表取締役会長の中井政嗣氏。中井会長は長男を会社に迎え入れ、後継者として教育していた。しかし、その長男が病気で急逝してしまい方針変更を余儀なくされてしまう。後編では、2014年に三男の中井貫二社長を迎え入れるところからのエピソードを紹介していく。

 長男の病状が分かったとき、中井会長は三男の貫二氏に「戻ってきてくれないか」と連絡をした。慶応義塾大学を卒業し、東京の大手証券会社で働いていた貫二氏は、「分かりました」と即答したという。

 このとき、貫二氏が二つ返事で千房を承継すると決めたのはなぜか。中井会長は「後で知りましたが、三男は自分が大学を卒業し、今こうして働けているのは千房があったからだと話していたそうです。私は千房の社員に育てられた。千房が困っているのであれば、帰るのは当たり前、という気持ちだったようです」と話す。

 貫二氏は、前職で100人の部下を持つマネジャーとしての経験がある。現場から厳しく学ばせた長男の教育がうまくいかなかった反省を踏まえ、最初から専務として迎えた。中井会長は「お好み焼きの技術がなくても、経営に徹してもらえれば」と考えた。

 次期社長候補として、中井会長が貫二氏に伝えたことは2つ。「1つ目は、千房に入社したら、前職の大手証券会社との比較は一切やめてほしいというもの。『千房の役員も社員も、誇りを持ってここで働いているのだから、大手証券会社と比べてうちはどうだ、みたいなことは絶対に言わないでくれ』と話しました。2つ目は、『今日入社したアルバイトスタッフに至るまで、全員が自分のために働いてくれていると思え。自分以外のすべての人への感謝を忘れるな』ということです」。

 「この2つを守ってくれさえすればいいと伝えました。長男のときに厳しく指導し過ぎた反省を生かし、三男には絶対に怒らないでおこうと決めていました」と中井会長は振り返る。

大阪千日前本店。1973年に千房はここから始まった

 2014年に入社した当時、貫二氏は周囲からよく「後継者はつらいでしょう」「2代目は大変ではないですか」と聞かれていたようだ。それに対し、貫二氏はこう答えていたという。「私には、2代目のプレッシャーは一切ありません。2代目のつらさ、厳しさは、すべて兄である長男が持って行ってくれました」。

 現在、貫二氏が普段仕事をする社長室には、長男の遺影が飾られているという。「私は何も指示をしていません。でも、社長室に長男の写真を見たときに、あぁ、三男は兄の思いも受け継いでくれている、敬ってくれているんだなと安心しました」と中井会長は話す。

今でも社長と一緒にお昼を食べる…

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執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP日経トップリーダー編集部委嘱ライター。

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