デジタル技術を活用してさらなる価値を生み出すべく、デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業が増えています。その次なる一手として、業務システムに集められたログを分析して業務プロセスを可視化し、そこから業務改善のポイントを探る「プロセスマイニング」が注目されつつあります。グローバルでは大手IT企業による専業ベンダーの買収が続き、代表的な海外ベンダーも日本法人を立ち上げて国内市場も盛り上がりを見せています。なぜ今、プロセスマイニングが注目されているのか。また、企業や組織にどのような価値をもたらすのか。上智大学教授でプロセスマイニング協会 代表理事の百瀬公朗氏の見解を踏まえて解説していきます。
デジタルトランスフォーメーションへの取り組みや働き方改革、人材不足解消などさまざまな要因から、多くの企業にて業務をデジタルツールで効率化しようとする動きが活発化しています。効率化のアプローチとして特に関心の高い領域が「自動化」であり、その代表的な技術の1つに「RPA(Robotic Process Automation)」があります。
RPAツールは、専門スキル不要で扱えるものも多く、業務部門が情報システム部門に大きく依存せずに業務の効率化・自動化を進められるとして急速に普及してきました。専門家が不要という観点では、ほかにも業務部門自身でアプリケーション開発ができるノーコード開発ツールも脚光を浴びています。こうして、これまで投資対効果の観点からシステム化が進まなかった業務も、現場主導でその取り組みを推進できるようになっています。
ただし、これらのツール導入には注意が必要です。ツールを導入すれば無条件に改善効果が得られるわけではなく、「期待するほどの効果が出なかった」という結果に終わることもあります。この原因の1つに、既存の業務の見直しができていないことが挙げられます。
RPAなどによる自動化やノーコードによるアプリ開発で業務改善を進めるにあたり、業務を整理してどこに問題があるのかを把握してから取り組まなければ、真の効果は得られません。例えばある業務がRPAによる自動化によって処理スピードが速くなったとしても、「業務整理してみたら、そもそもその業務は必要なかった」というものであれば、当然ながら自動化を適用する意味はありません。言い換えれば単に業務を自動化しようとする発想では、「本当にその業務が必要だったのか」「業務のやり方を見直す必要がないか」という抜本的な視点からの改革が困難です。そこで現在注目されているのが「プロセスマイニング」です。
プロセスマイニングとは、プロセス(業務プロセス)をマイニングする(採掘する=深掘りして調べる)という言葉が示すように、企業や組織で利用されるさまざまなシステムやアプリケーションによって日々生み出されるイベントのログなどのデータから、業務プロセスを可視化して改善ポイントを分析・特定するための手法、およびそれを実現するITソリューションを指します。業務プロセスがデータ化されてさえいれば、幅広い業種や業務を問わず活用することができます。
プロセスマイニングツールと似たツールに、「タスクマイニングツール」や「業務可視化ツール」がありますが、これらのツールは、「個人のパフォーマンスや生産性」を測るもので、プロセスマイニングツールとは分析の範囲や得られる成果が異なります。
タスクマイニングや業務可視化ツールは、現場の社員が使うパソコンの作業データを収集して分析・監視し、個々の働き方をもとに「下から上に(個別から全体に)」改善していきますが、プロセスマイニングは業務システムからログデータを収集することによって業務フローの全体像を捉えて課題を発見し、「上から下に(全体から個別に)」業務プロセスを改善していくという違いがあります。
現在は海外を中心に複数のITベンダーからソフトウエアが提供されています。日本でも2019年ごろから企業へのツールの導入が始まっていますが、まだ欧米ほど普及していないのが実情です。
[caption id="attachment_48872" align="aligncenter" width="600"] 図1:プロセスマイニングが適用できる業務例(プロセスマイニング協会が提供するプロセスマイニングツール「みんなのプロセスマイニング」の例)[/caption]
[caption id="attachment_48873" align="aligncenter" width="600"] 図2:時系列に沿ったプロセスデータによって業務プロセスを自動的に可視化[/caption]
プロセスマイニングにおける可視化の仕組みと分析の手法
プロセスマイニングでは、まずデータを基にスタートからゴールまで時系列のフローチャート図を作り、業務を可視化していきます。従業員や構成員の日々の業務プロセスを可視化して重ね合わせることで、処理に要する時間、例外処理やローカルルール、違反処理、ボトルネック、不適切な問題処理が明らかになり、無駄な業務やリスクにつながる原因を分析し特定できるようになります。
業務プロセスを可視化するためには、「イベントログ」と呼ばれるデータセットが必要です。イベントログには、次の3つの要素が最低限必要です。
・どのような作業が実行されたかを示す「アクティビティ」
・個別のアクティビティが一連の業務プロセスの一部であることを示すために付与する固有の「ケースID」
・いつ実行されたのか日時を示す「タイムスタンプ」
これらを利用して、業務プロセスの状態や特徴を把握していきます。具体的には、例えばある一連の業務のこの部分に時間がかかっている、この部分に手戻りが多いといった業務の傾向を捉えるということです。上記のデータ項目に加えて、その他にさまざまなデータ項目を含めると、より深い分析が可能になります。図2内の表が示す発注業務で例を挙げれば、取引先ベンダー、取引額、地域名などといったデータも分析に活用できるでしょう。
分析の手法としては、パターン出現頻度の分析を行う「バリアント分析」と、所要時間を分析する「パフォーマンス分析」、やり直しや繰り返しを見る「リワーク分析」の3つがあります。こうした3つの軸によって分析を行っていくことで、データを基に課題を可視化して浮き彫りにすることができます。その解決にあたっては、関係者へのヒアリングも行いつつ、原因の特定と対策を行っていくことが必要です。例えば、ある特定の部門で書類申請に手戻りが多い場合は、「その部署は申請方法を理解していないのではないか」、また承認に時間がかかっている場合、「その部門は承認者が多忙であることに問題があるのではないか」など、データから仮説を立てながら対策を進めていきます。
[caption id="attachment_48874" align="aligncenter" width="600"] 図3:プロセスマイニングで基本となる3つのデータ[/caption]
[caption id="attachment_48875" align="aligncenter" width="600"] 図4:プロセスマイニングツールで可視化することで明らかになった課題に対して根本原因を探索していく[/caption]
業務効率化、顧客体験ガバナンス対策など効果はさまざま
企業や組織がプロセスマイニングを導入することで、さまざまなメリットが期待できます。
例えば、プロセスを見直して不要な業務やフローを排除できれば、コスト削減につながる可能性があります。また無駄がなくなり業務がスピーディーになれば、顧客対応が円滑化し、結果として満足度向上につなげることもできるでしょう。さらに記録されたアクティビティから、不正行為をあぶり出してガバナンス・コンプライアンス強化に役立てることも可能です。導入が先行している欧州の例では、ESG経営を進めるためにプロセスマイニングが活用されているケースも見られます。例えば、データ項目に「そのアクションで発生するCO2」などを合わせて組み込むことで、業務プロセスごとのCO2排出量を可視化できるので、業務の変更によってCO2排出量がどのくらい変化するのか、といったシミュレーションも可能になります。
他のテクノロジーとの併用で相乗効果を発揮
プロセスマイニングは、「RPAの次の注目技術」と称されることがあります。その理由として、それらとの親和性が高い技術であるからという理由が挙げられます。つまり、RPAやチャットボットなどとプロセスマイニングを組み合わせることで、より高い効果が期待できるのです。
非効率な業務にすぐさまRPAを適用するのでなく、まずプロセスマイニングによって業務プロセス内に課題を見いだしたうえでボトルネックになっている業務をRPAによってロボット化したほうが、より適切な優先度で業務改善が可能になります。またWebサービスでの採用が進むチャットボットについては、プロセスマイニングでチャット内容を分析し、途中で離脱している回数や経路を可視化することができます。こうした分析結果を生かして、顧客体験向上に向けた業務改善を促進できます。
この他にも、プロセスマイニングと親和性が高い技術として注目されているのが、「デジタルツイン」です。デジタルツインは現実世界の物体や環境から収集したデータを仮想空間上に再現する技術として、製造業などで活用が進み始めています。現実の業務プロセスをデジタル上に再現できれば、現実の業務を変えることなく、業務プロセス変更による業務へのインパクトを予測できるようになります。
導入に適した企業と適用範囲
プロセスマイニングの導入に適しているのは、ルールが決まっていて各人の担当範囲がはっきりとしている業務です。担当範囲があいまいだと測定が難しくなります。この観点では、職務が柔軟な日本企業では、プロセスマイニングを導入しても効果を発揮しづらい側面があるともいえます。プロセスを可視化して時間がかかっている部分を明らかにしても、「特定の個人が仕事を兼任しているので仕方がない」という結論に陥りやすいためです。
もちろん、日本企業にプロセスマイニングはまったく合わないというわけではありません。必ずしも大規模な導入を考える必要はなく、まずは部門をまたがず特定範囲の業務に導入してプロセスを改善していくという形でも十分に成果が見込めます。例えばある保険会社の事例が挙げられます。「プロセスマイニングによってWeb申し込みの際に約款の難しい言葉を解説する用語集のページに3回遷移したら多くのユーザーが離脱している事を発見し、約款のページに用語解説を載せるようにしたら契約率が上がったという事例があります」(百瀬氏)
プロセスマイニングでは、すべてのインプットデータがシステムログである必要はありません。ある企業では、数百社の業務委託先からエクセルの作業報告書を提出してもらってやり取りする業務にプロセスマイニングを適用しているという事例もあります。「大規模なエンドツーエンドの全体最適を考えなくても、効果は得ることはできます」(百瀬氏)
プロセスマイニング導入における注意点とポイント
プロセスマイニングを導入するにあたっては、いくつか注意点があります。
1つ目は、データを1度投入したらそれですぐに何かが良くなるという感覚は持たないようにするということです。導入後には、効果を見るために定期健診のような形で継続してデータを可視化していく必要があります。
2つ目は、プロセスマイニング導入によって目指すKPIの設定です。ITツールはいままでコスト削減のために使われることが一般的でした。金額換算して費用対効果(ROI)を測るという考え方も重要視されてきました。しかしDXが進み、市場の変化への即応やスピード感が重視される現在は、顧客ニーズに迅速に対応する「ターンアラウンドタイム(TAT)」という時間換算に着目した効果測定の指標も重要視されています。TATは、例えば顧客からある要求を受け取ってから必要なアウトプットを届けるためにかかる所要時間のことであり、顧客満足度に密接に関係してくる部分です。
3つ目は、企業や組織全体で導入する際、業務を理解した優秀な人材・ノウハウを各部門から集約したCoE(Center of Excellence)を設置することです。日本企業は、企業内の業務改革を推進する「インターナルコンサルタント」の存在が欧米に比べて多くありません。企業によっては、社内でベストプラクティスとされる業務フローが確立されておらず、マニュアル化もなければ基準となる指標がないことも多いでしょう。業務フローが部門を横断したり複数の担当者が絡んだりすると、業務の流れはわからなくなります。そこでCoEがインターナルコンサルタントの役割となって業務の整理を行うことで改革を進めやすくなります。
「現場の業務を把握していないIT部門がただツールを持ってきてプロジェクトを始めても、『可視化をしたところでどのプロセスがいいのか悪いのか判断できない』ということが生じます。このためにプロジェクトが頓挫してしまうケースがあります」(百瀬氏)
海外ベンダーが続々登場、国内市場も成長
最後に、プロセスマイニングの国内市場動向について紹介します。調査会社のアイ・ティ・アールによると、国内プロセスマイニング市場は2020年度の売上金額が5億3000万円で、前年度比253.3ポイント増の急速な伸びを示しています。また、2020〜2025年度の年平均成長率は49.8%で、2025年度には40億円になる見込みとしています。
プロセスマイニングの提供ベンダーについては、Celonis、UiPath、Software AG、Mini(マイクロソフトが買収)などがあります。日本ではプロセスマイニング協会が学習用、もしくは評価版的な立ち位置として、機能を限定した「みんなのプロセスマイニング」というツールを無償で提供しています。プロセスマイニングの導入を検討している企業は、まずお試しで利用してみるのも良いかもしれません。
国内におけるプロセスマイニングの普及状況としては、大企業を中心とした一部の企業にとどまっていますが、本来プロセスマイニングは、中小企業ならびに部門や特定サービスの改善に活用することもできるソリューションです。さらに一部の製品は、プロセスマイニングの領域にとどまらず、API連携によってその先の課題解決や業務フローの構築までを自動化する仕組みを備える方向に動き始めています。前述の調査が示すように、これから市場が拡大してくことが予測されており、注目しておくべきソリューションと言えるでしょう。
「プロセスマイニングは、使いどころを考えることが大切です。正しく使えば必ず成果は出ますし、間違いなく次世代の基幹システムの一部分となっていくでしょう。ROIが出にくい、自社には合わないとすぐに検討をやめるのでなく、この技術分野の可能性をもっと探っていただきたいと思います」(百瀬氏)
監修者=百瀬 公朗(ももせ きみお)
⼀般社団法⼈プロセスマイニング協会 代表理事
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)元パートナー。現在は上智大学特任教授を務める。専門領域はデータサイエンス、プロセスマイニング。BIのTableau、RPAのUiPath、プロセスマイニングのCelonisなど有力な海外IT製品を数多く日本で成功させた実績を持つ。2020年に国内の関係者とプロセスマイニング協会(APMJ)を発足し、代表理事に就任。
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