私は東京大学の畑村洋太郎名誉教授とともに立ち上げた失敗学会の活動を通して、新たな知見を得て考察を重ねることができました。また、いかなる対策をすれば事故を減らせるのかについて講演をし、意見交換をする中で、それなりに自分の考えを進化させてきました。本連載ではそれらの一部を紹介、説明します。こうした活動も含めて、事故の低減を目指す努力を私自身継続していくつもりです。
人の判断、行動が事故原因の一端となったとき、それらの要因は「ヒューマンファクター」といわれます。例えば2017年12月、博多発の新幹線のぞみ号で走行中、複数回異臭と異音が検知されたのにそのまま走り続けました(注1)。新大阪でJR東海に運行が引き継がれ、名古屋駅で保安員が異音を聞いて床下点検をし、油漏れを発見してようやく運行が停止されました。乗客を降ろした同のぞみ号を移動中に、台車に亀裂が発見されたのです(注2)。
このような危険な状態にあったのは後から分かったのですが、その兆候が発見された山陽路線で床下検査を行わなかったのは、JR西日本の車掌、保安員、そして指令員のコミュニケーションミスと判断ミスでした。
ヒューマンファクターを考える
2005年の福知山脱線事故以降、「何かあれば列車をすぐ止めて確認する」と徹底した(注3)はずであったのにと、このときはJR西日本がずいぶん批判を浴びました。時速300キロメートルで走行中に、もし台車が破壊していたら、そして反対向きの新幹線がもし巻き込まれたら、乗車率にもよりますが、2000人を超える死傷者が出ていた可能性があるかと思うとぞっとします。
ここでのヒューマンファクターは、「何かあるのかどうか」の判断と、「コミュニケーション」でした。このときのコミュニケーションミスは、点検を提案した保安員の言葉を指令員が聞き逃したというお粗末なものでしたが、異臭、異音の判断はどうでしょうか。列車が鳥や小動物にぶつかることはあるそうですし、誰かがマニキュアを塗っていたら異臭はします。事実、この事故後にJR西日本では異音などによる停止が突出していると報告されています(注4)。「あつものに懲りて膾(なます)を吹く」の典型例だといえましょう。
いくら注意を喚起し、訓練を重ねても、人間の五感による異常検知に大きく頼るのでは、現場はたまりません。現代の科学技術であればそれこそ検知できないものはないほどでしょう。ただその検出装置がコストに見合うかどうかが問題となります。その後の報道では、同列車が博多で折り返す前、小田原と豊橋で、赤外線センサーにより問題の台車の温度上昇が記録されていたことが分かっています(注5)。ただし、その上昇分が基準内だったため、そのときに警報は鳴らず、後からの調査で分かったそうです。今後、このセンサーの増設と基準値見直しが行われるでしょう。
身近な「蛇口」でヒューマンファクターを考える…
ヒューマンファクターの話をするとき、誰にでも分かる例として、私は水道のシングルレバーの話をよくします。古くからある、水色と赤色の印がついた水と湯それぞれのハンドルがある2ハンドル蛇口システムに対して、左右の動きで湯温、上下の動きで湯量を調整するシングルレバー蛇口は、設計的には湯温と流量をそれぞれ独立の動きで制御できるから、より優れた設計だといわれます。しかし私は、どうしてもこのシングルレバー蛇口が好きになれません。
なぜだろうとずいぶん悩んだのですが、ある事故の考察をしていて、「ああ、なるほど」と自分でも感心できる説明がつきました。シングルレバー蛇口で湯温、湯量、2つの結果を制御するのは確かに独立の動きではあるのですが、その動きをするとき、操作する人は判断を強いられています。
シングルレバー蛇口を操作するときに行っている判断に比べると、2ハンドル蛇口システムを操作するときの判断は極めて単純です。ふたを閉めるときは時計回りの原則と同じように回し、緩めて量を増やすときは、反時計回りに回します。ちょうどよい湯温と湯量を達成するには、何度か微妙な調整が必要ですが、間違えて調整を大きく間違うことはあまりありません。
これに対してシングルレバー蛇口では、まず「どっちだっけ?」と悩み、左右の動きで温度の調整を思い出さなければなりません。さらに、左に回すと湯温が高くなる場合が多いようですが、これが朝一番で水道管に冷水がたっぷりたまっていると最悪の状態になります。目いっぱい左に回してもお湯が出ず、「あれっ、逆だっけ?」と急に自分の記憶に自信がなくなって、右にいっぱい回してみます。それでもお湯が出ないものですから、真ん中あたりにレバーを置いて、ぬるいお湯が出てくるのを待って、それから少し右に、左にとやって温度が高くなる方向を確かめなければなりません。
湯温はまだましな方で、湯量は本当にくせ者です。今ではほとんどのシングルレバー蛇口が安全側、すなわち下に押すと湯が止まるようになっています。上から物が落ちてきたとき、あるいは摩擦がへたって自重でレバーが下がっても、湯が止まる仕組みです。ところが、今でもたまにあるのが逆の設計。すなわち、下に押すと湯量が増える蛇口です。
公衆トイレできゅっと栓を閉めようとしてグッと下に押したら、水がどっと出てズボンがビチャビチャになり、外に出るに出られない状態になったらどうしようと、シングルレバー蛇口は恐る恐る操作するようになりました。なぜこのような設計がまかり通ったのだろうと考えたのですが、たぶん、レバーを下に押すと水がジャッと出る井戸の感覚に合わせたのではないかと思います。
ヒューマンファクターへの依存を見つけよう
産業革命以降、私たちの周りには、私たちが自分でやるしかなかったことを、器用にこなしてくれる機械がどんどん増え、コンピューターの能力が爆発的に向上した今では、自動化がますます進んでいます。しかし、人と機械の共同作業でも人に頼らざるを得ないところはまだまだ残されています。私たちはまず、そういった人への依存を認識するところから始めるべきでしょう。
うっかりしていると、その依存が見過ごされてしまうのですが、ある作業が人に依存しているかどうかは、目隠しをされても、耳栓をしていても、鼻をつまんでも、口を閉じたままでも、手足を縛られても、それができるかどうかを考えてみるとよいのです。
さらに人の記憶や判断に頼っている部分は、自分が酩酊(めいてい)状態でもできる作業か考えてみることです。いかにヒューマンファクターといわれる作業が多いか、気がついてがくぜんとするかもしれません。しかしこれが現実であり、私たちも一つひとつ、人への強い依存を打ち消していき、技術を発展させ続けることができます。「気をつけよ!」という精神論を振りかざしていては、発展が止まってしまいます。
(注1)新幹線異常感知時の運転継続事象への再発防止対策に関する検討結果について、JR西日本新幹線重大インシデントに係る有識者会議、2018年3月27日
(注2)鉄道重大インシデント調査の経過報告について─国土交通省運輸安全委員会、2018年6月28日
(注3)のぞみ号人身事故、台車亀裂問題の教訓どこへ 専門家「組織の末端まで浸透していない」The Sankei News、2018年6月15日
(注4)新幹線停止、JR西が突出 のぞみ「台車亀裂」以降急増、デジタル毎日、2018年12月5日
(注5)のぞみ台車亀裂、走行中10度上昇 神奈川-愛知間で、デジタル毎日、2018年3月10日