この連載もおかげさまで第48回。開始からもうすぐ5年目に突入します。そんなある日、本連載編集担当のKさんから「なんだか僕も山に行きたくなってきました」という連絡が。今まで自分が登山をするとはまったく考えなかったというKさんが「山に登りたい」という気持ちになってくれて、著者としてこれ以上にうれしいことはありません。
4月下旬、東京都の高尾山(標高599m)へ行くことをKさんに提案しました。高尾山は登山道がよく整備されていて、登山者も多くて安心。さらにケーブルカーやリフトもあり、アクシデント時には下山の足として利用できるので、初めてトライする山には最適です。
でもKさんは、意気込みはあるものの「普段まったく運動をしていなくて、都内で1万歩も歩くとヘトヘトになってしまいます。そんな僕が登れるでしょうか?山のグレーディングでは体力度2ですよ」と不安な様子。
初めての山登りでいきなり本格的な登山装備をそろえるのはハードルが高いので、私は「持っている服の中で長袖Tシャツやジャージー素材のパンツなど動きやすいものを選んで着てきてください」とだけアドバイスをしました。しかし、待ち合わせ場所の高尾山口駅に現れたKさんは、ビシッと登山のウエアを着ています。
「これまでの連載から察するに、登山をするなら速乾性ウエアがいるんじゃないかと。手持ちの服にはなかったから、登山用品店に行って店員さんに聞きながら選んだんです。結構本気なんですよ」とKさんは言います。
バックパックは旅行用に使っているもの、ポールは以前ウオーキング用に購入して長らく使っていなかったものを持参。そして靴は服と合わせてトレッキング用シューズを新調したそうです。装備はバッチリ。さて、マップを見てコースを確認して出発しましょう。この日の往路は、いくつもある高尾山の登山道で最も整備された1号路。そして帰りは様子を見つつ、自然豊かな稲荷山コースを下ることにしました。
[caption id="attachment_26510" align="alignright" width="232"]
高尾山の名前が付いているタカオスミレ。この山で発見された[/caption]
高尾山は花の山としても有名です。桜の終わったこの時期は、山域に40種類も生育しているというスミレが見ごろを迎えていました。足元に咲く小さな花や木々の芽吹きを見ながら登山開始です。Kさんは出会う登山者に明るくあいさつをしながら、足取りも軽く進んでいきます。
さて、Kさんは現在49歳。都内でデスクワークをしていて、スポーツはまったくしていません。取材などで外出するときは1万歩前後歩くことがあるものの、編集作業をしているときは100歩に満たないことも珍しくないそう。子どもの頃は近所の野山を駆け回って遊びましたが、大人になってからは、里帰りをしても山登りに出掛けた経験はないと言います。
暑くもなく、寒くもなく、春は登山を始めるのに一番いい季節です。時折流れる風が爽やかに汗を乾かします。私たちは話をしながら、ゆっくりと登っていきます。それでもあっという間にケーブルカー山上駅(約480m)までたどり着きました。ここは八王子の街や都心、横浜方面の展望ポイント。春がすみで都心の高層ビル群は確認できなかったものの、八王子はよく見渡せました。1時間ほど歩いただけなのに、街を見渡せる高さまで来たことに感動しているようでした。
[caption id="attachment_26511" align="aligncenter" width="420"]
ケーブルカー駅の脇で、名物の天狗焼にはしゃぐKさん[/caption]
疲れないためには一定のペースで登る
ケーブルカー駅に併設された売店で、名物・天狗焼を食べながらひと休みし、山頂をめざします。
途中で、道は急な階段の「男坂」となだらかな道の「女坂」に別れます。Kさんは迷わず男坂を選びました。ここまで順調に来たのが励みになったのか、通勤時に駅の階段を上がるような早足でスタスタと登っていきます。でも、そのペースではすぐに息が切れて疲れてしまうと思った私は、Kさんに話しかけ、2人でおしゃべりをしながら歩くことで、ペースが上がり過ぎないように工夫をしました。登山で必要以上に疲れないためには、息が切れない程度に一定速度を意識して歩くのがポイントなのです。一段、一段をゆっくり、確実に登っていきました。
[caption id="attachment_26512" align="aligncenter" width="400"]
薬王院直下の階段を上がった先に山頂への道が続く[/caption]
男坂を登り切り、薬王院にお参りをしたら、もう山頂まではなだらかな道を20分ほどです。遠足に訪れていた小学生の団体に交じって舗装路を歩き、山頂に到着しました。駅を出発してからここまで約2時間。感想を聞くと、
「来る前は本当に山頂まで登れるかなとか、途中で膝が痛くなったらどうしようとか、いろいろ心配をしていましたが、こうして登ってみると、余裕ですね」と笑顔です。
晴天時には山頂の一角から富士山が見えるのですが、この日は残念ながら雲の中。人混みの山頂を避けて、少し離れた場所にあるベンチでコーヒーを入れ、まだ少し咲き残っていた桜を見ながら木陰で30分ほどランチタイムの休憩をしました。これなら稲荷山コースからの下山も問題なさそうです。
[caption id="attachment_26514" align="aligncenter" width="300"]
自力登山の最初のピーク、高尾山山頂に到達[/caption]
下山しながら次の山を
[caption id="attachment_26515" align="alignright" width="300"]
すっかり登山者の顔になったKさん。稲荷山コースを下る[/caption]
休憩を終えて稲荷山コースへ。この道は尾根通しで明るく、途中で景色を楽しめるポイントもあります。1号路は舗装路が大部分を占めますが、こちらは自然のままの雰囲気が楽しめるのでお勧めです。途中には傾斜の付いた滑りやすい所もあるのですが、子ども時分に山で遊んでいた経験が生きているのか、Kさんはバランスが良く、問題なく歩いていきます。
出発前はあんなに心配していたのはどこへやら。しっかり自信をつけた様子。下りながら、早くも次はどこの山へ行くかの相談をし、ふるさとである岐阜県高山市の名山・乗鞍岳(3026m)に登ってみたいとも話していました。登山で体を動かすと気持ちがいいでしょう。この様子では、次も期待できそうです。
スマートフォンのアプリによると、この日の歩行距離は11.2㎞、歩数は1万8384歩(Kさん自宅から最寄り駅までの移動を含む)。ヘトヘトになると言っていた1万歩を優に超えても「体を動かした後の心地よい疲労感で、だるさ、足の痛みなどはない」とのことでした。
Kさんをどんな山へ導いていくか、私もワクワクしてきました。通常連載に加え、今後もKさんとの山登りレポートを不定期で継続していきたいと思っています。お楽しみに。
▼▽Kさんメモ「高尾山」▽▼
新宿駅から京王線で「高尾山口駅」へ。直行なら1時間かからずアクセスできました。頂上までの1号路はきちんと舗装がしてありビックリ。要所にお手洗いもあり、人気の山ならではのおもてなしだと思います。復路にした稲荷山コースは、そこそこ足場の悪い場所もあるので、かかとをホールドするトレッキングシューズを履いていて正解でした。運動不足を恐れることなく登れる山です(笑)