海外取引による課税逃れを封じるため、近年、国税当局は日本人が海外に保有する国外財産に対する監視体制を強化している。そのためのツールとして代表的なものが「法定調書」と呼ばれるものである。
「法定調書」とは所得税法などの規定により税務署への提出が義務付けられている資料をいい、現在、60種類の法定調書がある。これらの調書の中で、国税当局が国外財産の監視に有効であるとして重要視しているものが
・国外財産調書
・財産債務調書
・国外送金等調書
の3種類だ。
近年では、この調書制度が頻繁に見直されており、多額の財産を保有する者は税制改正の動向に注意する必要がある。
国外財産調書
5000万円を超える国外財産を保有する者は、翌年3月15日までに当該国外財産の種類、数量および価額等を記載した「国外財産調書」を提出しなければならない。
この国外財産調書の提出義務は、所得金額にかかわらず、5000万円を超える国外財産を保有するかどうかで判断される。従って、確定申告を必要としない者であっても、国外財産が5000万円を超えている場合、国外財産調書を提出しなければならない点には注意が必要である。
国外財産調書の提出件数は毎年伸び続けている。2020年分は1万1331件で、制度導入当時の2倍以上だ。しかし、これでも提出者は一部にとどまっており、本来の提出義務者はもっと多いのではないかともいわれている。
これまでに国外財産調書を正しく提出していなかった者が、新規に提出すると過去の申告漏れが発覚することを恐れ、提出をちゅうちょしている者が依然として多いのではないかと思われる。
国外財産調書には、適正な提出を促すためのインセンティブ措置として、加算税の軽減・加重措置が設けられている。
調書に記載された国外財産について申告漏れがあった場合には、加算税が5%軽減されるのに対し、調書が未提出だったり、提出された調書に記載されていなかったりする国外財産について申告漏れがあった場合には、加算税が5%上乗せされる。
加算税が加重されたケースは、2020年分で307件、申告漏れ金額では約88億円と、依然として高水準を維持している。
さらに2020年度の税制改正で課税を強化する方向での見直しが行われた。国外財産を有する者が、税務当局から国外財産調書に記載すべき国外財産に関する資料(取引明細などのフロー情報など)を指定された期限(60日を超えない範囲)までに提出をしなかった場合には、加算税の軽減措置は適用されず、また加重措置については、加算する割合を5%→10%とする特例が創設された。
このように、国外財産に対する取り締まりは年々強化されているため、提出義務を確認し申告漏れがないように注意したい。
財産債務調書…
所得税の確定申告書を提出する必要がある者のうち、所得金額が2000万円を超え、かつ、その年の12月31日において3億円以上の財産を有する者は、その財産の種類、数量および価格並びに債務の金額などを記載した財産債務調書を、翌年の3月15日までに提出しなければならない。
同制度は、億単位の財産を保有する富裕層を対象に不動産や有価証券などの保有資産の状況を毎年報告させ、所得税・相続税の申告における適正性を確保することを目的としたものだ。この財産債務調書の提出義務者と提出期限について、2022年度税制改正で重要な見直しが行われた。
① 提出義務者の拡大
これまでの提出義務者に加え、その年の12月31日において有する財産の価額の合計額が10億円以上である居住者も提出義務者となった。これにより、10億円以上の財産を保有する者は、所得基準に関わりなく提出が義務付けられる。一部の富裕層がさまざまな節税スキームを駆使して所得金額を2000万円以下に圧縮し提出義務者にならないようにしているという実態が、改正の背景にあるといわれている。
② 提出期限の延長
調書の提出期限については、これまでの「その年の翌年の3月15日」から「その年の翌年の6月30日」に延長された。これは提出義務者の事務負担軽減の観点から見直されたものである。なお、国外財産調書の提出期限も同様に延長されている。
これらの改正は、2023年分以降の調書について適用される。
国外送金等調書
国外送金等調書は、国外へ送金した金額または国外から送金を受領した金額が100万円を超えた場合に、金融機関が税務署に提出する法定調書をいう。
国外送金等調書には、
① 送金者または受領者の氏名・名称
② 国外送金等年月日
③ 国外の銀行等の営業所(支店)の名称
④ 相手国
⑤ 本人口座の種類、口座番号
⑥ 国外送金等の金額
⑦ 送金原因
などが記入される。
国外送金等調書は、国税当局にとっては海外取引に係る資金の流れや国外財産を把握するための重要な情報源となっており、国外送金等調書が端緒となって多額の申告漏れが発覚した事例がよく見受けられる。
例えば、個人の預金口座へ海外企業などから送金があった場合、その入金額が収入として申告されているかを検討するであろう。もし、その個人が法人の代表者となっている場合などは、法人の収入として計上すべきキックバック収入などを個人の口座に入金させることにより法人の収入から除外しているのではないかと疑われる場合もある。
もしタックスヘイブン国への多額の送金があれば、タックスヘイブン国を利用した租税回避が疑われるであろう。
日本から海外に開設した本人名義の口座に送金している場合、当該預金の運用益を申告しているか、国外財産調書に記載されているかなどが検討される。また、将来相続が発生した際には、当該海外預金が相続財産として申告されているかどうかもチェックされる。
このように、海外との送受金は常に国税当局の監視の目にさらされていると認識する必要があるのだ。
執筆=多田恭章
税理士・社会保険労務士 現在は、中小・零細企業の税務顧問をはじめ、大・中法人の国際税務のアドバイスおよびコンサルティングなども手掛ける。
(一社)租税調査研究会主任研究員。TOP総合会計事務所所長。元東京国税局調査部移転価格事前確認・調査担当、都内税務署国際税務専門官、東京国税局法人課税課、国税庁国際業務課(情報交換担当)を歴任。
監修=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会常務理事。株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役、税務・会計のニュースサイト「KaikeiZine」論説委員兼編集委員。税金の専門紙および税理士業界紙の編集長、税理士・公認会計士などの人材紹介会社を経て、TAXジャーナリスト、会計事務所業界ウオッチャーとしても活動。