「ヨーヨー」といえば、ヒモが付いた小さな円盤を投げて遊ぶおなじみの玩具です。現代社会において、恐らく遊んだことのない人はいないであろうレベルで普及しています。
ヨーヨーが市民権を得た裏には、ある男による優れたビジネス活動があったことはあまり知られていません。ここでは現代ヨーヨーの立役者と、彼が行ったビジネスの手法について述べていきます。
ヨーヨーの可能性に賭けた男
1930年代アメリカ西海岸での出来事です。後に「ヨーヨーの父」と呼ばれるドナルド・ダンカンは、フィリピン移民のヨーヨーパフォーマンスを偶然目にしました。そのパフォーマー、ペドロ・フローレスは、故郷のおもちゃを売り込んでいて、宣伝を兼ねた実演を行っていたのです。歓声を上げる子どもたちに交じり、ダンカンもヨーヨーの面白さに感心します。
しかしダンカンは周りの観衆と違い、ただ購入して遊ぶだけでは済ませませんでした。「これは売れる」と確信し、ペドロから工場から何から一切合切の権利を買い取ったのです。
ヨーヨーの起源は定かではありませんが、紀元前に誕生したとも伝えられる古い遊具です。
ダンカンがペドロから譲り受けたヨーヨーは木製でしたが、ダンカンはヨーヨーを子どもが遊びやすいよう小型のプラスチック製にしたり、金属部分を付け加えたり、笛のように音が鳴るタイプも作ったり、デザインに工夫を凝らしました。
ダンカンはヨーヨーをただ売るだけでなく、商品の背景となるマーケティング戦略も重視しました。当時の宣伝は広告に写真や絵を掲載するのが普通でしたが、ダンカンはあえて実演販売にこだわります。見事に動き躍動するさまがヨーヨーの魅力だと考えたのです。
「ヨーヨーは猛獣をも倒した神秘的な武器」…
ダンカンはお菓子屋のそば、遊園地やデパートなど子どもの多い場所で、ヨーヨーのパフォーマンスを繰り広げます。パフォーマンスのためにわざわざ、ペドロや他のフィリピン系のヨーヨーの達人を、何人も雇い入れたぐらいでした。そしてパフォーマーにヨーヨーを巧みな技を披露させながら、「ヨーヨーは猛獣をも倒した神秘的な武器である」といったようなホラ話を語らせたのです。
さらに、アメリカの新聞王として名高いウイリアム・ハーストと連携し、新聞に「3カ月以上新聞を定期購読すればヨーヨー大会に参加できる」といった特典を付け、大会の後援と無料広告を引き受けさせます。こうした競技会を催すと、多い時には一度に300万個もヨーヨーが売れたそうです。
さらに人気俳優、野球選手、セレブリティなどにヨーヨーをプレゼントしてアピールしてもらい、テレビの子ども番組にもヨーヨーを登場させました。子ども向けCM枠が割安なのに目を付けて盛んに広告も打ちます。こうしたメディア展開のかいあって、ヨーヨーは全米で大ブームとなり人気は世界に飛び火しました。
そして何よりも見逃せないのが「ヨーヨーの商標登録」を早い時期に済ませていたことです。ヨーヨー自体は古代からある品なので、誰が発明者かなど分かりません。しかし商標戦略によって、他の業者は「ヨーヨー」の名前での後追い販売ができなくなり「ダンカン・ヨーヨー」は数十年間唯一のブランドとして君臨します。
最盛期では年間4500万個を販売し市場の8割を占め、老舗ブランドとしての地位を確立したのでした。商品名「ヨーヨー」は世界共通の名称となります。
しかし1965年には、「ヨーヨーはもはや普通名詞」として、裁判所から商標登録を取り消されます。息子に経営を譲っていたダンカンの会社は、徐々に売り上げを落とし、最後は買収されてしまいました。ダンカンも交通事故で不慮の最期を遂げてしまいます。
マーケティングは市場を創るための活動
それでも、ダンカンの功績は無視できません。ビジネスマンとして大成功しただけでなく、百科事典には「ヨーヨーの発明者」として記録され、誕生日は「ヨーヨーの日」に指定されています。
ダンカンは1999年に「おもちゃの殿堂」入りして、ヨーヨーのシンボル的な存在となりました。オリジナリティーでは二番手、三番手であったにもかかわらずです。
言ってしまえば、ダンカンは竹馬やコマのように、大昔からあるおもちゃを現代風に洗練させただけです。事業も自分が起こしたものではなく、偶然に他人のものを買い取ったものです。「ヨーヨー」というネーミングも、既存のものの踏襲でした。しかし結果として自らのブランドを築き、最も栄誉を受けることになったのはダンカンでした。
ダンカンの生きざまを見ると、マーケティングとはただの調査ではなく、市場を創るための活動である、ということが分かります。ヨーヨーが現代で世界的に普及したのも、ダンカンが古い人類共通の遊びに新たなビジネスの種を見つけ出し、積極的に市場を創ったからです。
新しいものを作り出すことが、ヒットの絶対条件というわけではありません。古臭く、手垢の付いたものでも、見せ方ひとつで魅力的に見せることができます。そこに気づけるか否かが、ヒット商品とそうでない商品を分けるポイントといえるでしょう。