経営課題を解決するデザイン・シンキングを解説する連載の第2回は、新型シンクを開発したクリナップの後編です。画期的なアイデアだけにその実現にはさまざまなハードルが待ち受けていました。それを全社で乗り越えたクリナップの軌跡を振り返ります。
CASE STUDY 01 クリナップ(後編)
システムキッチン「クリンレディ 流レールシンク」の開発
押し寄せる課題を次々に越え、業界常識を覆す画期的な商品に
クリナップが2015年7月に販売したシステムキッチン「クリンレディ」の新機能「流レールシンク」(ながれーるしんく)はユーザーでさえも気付かなかったニーズに注目し、ヒット商品になった。
プロジェクトチームの開発本部開発1部の小堀淳司・デザイン課係長(右)と開発本部開発1部の間辺慎一郎・デザイン課主任
デザインや企画部門など約10人のメンバーで開発プロジェクトがスタートしたのは2013年春だった。国内で初めてシステムキッチンを手がけ、ステンレスの独特な加工技術も備える同社だが、最近のシステムキッチンの姿はほとんど変わっていなかった。
「そのため今回の開発に当たっては、今までにない商品をゼロから創り上げようとする期待が社内で高まっていた」とプロジェクトを担当した開発本部開発1部の小堀淳司・デザイン課係長は言う。
まずはメンバー以外の社員にも依頼し、自宅でのシステムキッチンの使用状況を写真に撮ってもらった。合計400枚ほどの写真を見るとシンク内に生ゴミや汚れがあったが、そのときは当たり前と感じていた。排水口のぬめりや臭いといった課題は以前からあり、特別に珍しいわけでなかったからだ。
システムキッチンの活用状況を写真に撮って、それぞれの場面での課題などを分析した
その考えが変わったのが、定期的に開催していた主婦モニターのときだった。シンクに残った生ゴミをどう処理しているか聞いたところ、「気持ちが悪い」「イライラする」といった答えが次々に出てきたからだ。シャワーの付いた水栓を使ったり、ゴム手袋まで利用して取り除いたりする人もいた。
そこで生ゴミや汚れの処理に再度注目。蛇口からの水の流れで自然に生ゴミが排水口まで流れ、掃除しやすいシンクを持ったシステムキッチンといった開発テーマを打ち出し、社内でプレゼンテーションした。ところが社内からは、生ゴミが流れることがどこまで売れ行きにつながるかを疑問視する声が聞こえてきた。主力商品のクリンレディであり、開発投資もかかるだけに、慎重な意見が多かったのだ。
そうした声に応えるためにも、プロジェクトチームはシンクの試作を何度も重ね、社内に納得してもらえるだけのデータを集めようとした。「蛇口から流れる水の勢いをどう制御すれば、生ゴミが排水口までうまく流れるのか。論理的に考えてシンクの底部の角度を見直し、溝を付けたり、形状を作り直したりしていった。そうした中から、水が手前に流れるようにして、排水口を左隅に配置するといったデザインが出来上がった」(開発本部開発1部の間辺慎一郎・デザイン課主任)
採用されなかったシンクの形状。排水口までの溝の幅が広かったため、水の勢いがなくなり生ゴミが停滞。洗い物を置く場所も限られる
採用されたシンクの形状。溝の幅や深さ、コーナーの丸みなどを調整し、生ゴミが勢いよく流れるようにした。洗い物を置く場所を確保しつつ、排水カゴの容量を確保するため、排水口を三角形に変更
樹脂製の最終的な試作品を社内で発表したものの、これも社内から不評だったという。「生ゴミがユーザーの手前に流れてくるのは気持ちが悪く、受け入れられないのではないか」といった意見もあった。
ところが主婦モニターに試作品を実験してもらうと、好意的で前向きな声が寄せられた。「生ゴミがスピーディーに流れていく様子が気持ちいいし面白い」といった声が相次いだ。生ゴミがシンクの手前に流れることについても、「きれいになるのであれば気にしない」のだそうだ。こうした主婦モニターの意見を社内で伝えると、反対していた声はぴたりとなくなり、2013年11月に正式に開発のゴーサインが出た。
複雑な形状の金型開発にも苦心…
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福島県いわき市にある湯本工場では、流レールシンクを量産するために金型をどうするべきかなど、何度も試作を繰り返して量産体制を確立させた[/caption]
しかし問題は、これで終わりではなかった。2014年1月から量産をめざした開発に入ったものの、流レールシンクを実際に製造する福島県いわき市のクリナップ湯本工場では、シンクの形状が複雑で金型を作ることが難しいことが分かったからだ。
試作品を作ることはできても、量産するとなると品質基準をクリアしなければならない。しかしシンクの底部を傾斜させて溝を作り、さらに左隅に三角形の排水口をステンレスで一体成型するとなると、角などがゆがんだり割れてしまったりした。コンピューターで3次元シミュレーションしても「このデザインでは製作できない」となり、材料メーカーからも難しい、と言われた。
「たとえ難しい状況でも、社内には妥協しない雰囲気があった。普通のシステムキッチンではなく、やはりいいものを出したい。中途半端で終わるわけにはいかないといった空気を感じていた」(小堀係長)
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流レールシンクの量産体制を作り上げた湯本工場の坂本雅由・工場長(左)と新妻澄寿・第一製造課課長[/caption]
チームメンバーは東京本社から何度も湯本工場に通い、金型の状況を見ながら樹脂で試作品を作り直し、水の流れ具合を実験して再度、金型を試すということを繰り返した。溝の幅を広げると量産しやすくなるが、水の勢いが弱くなり、うまく生ゴミが流れない。デザインのどこを譲り、どこを譲らないか。こうした調整と検証は1年近くも続いた。
「確かにシミュレーションでは難しいと出て、実際にさまざまなトラブルがあった。それでも技術者として何とか作ってやろうという思いが強かった」(生産本部湯本工場の新妻澄寿・第一製造課課長)。生産現場では、最初はうまく行っても2回目で壊れてしまうなど、失敗と成功の連続だった。
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映像を使った営業部員向け販売マニュアル。ポイントを分かりやすく示している。これも開発チームが作成した[/caption]
耐久試験や寿命試験を繰り返したほか、春夏秋冬の気温で材料の特性は異なるため、多くの要素を考慮してようやく量産体制にめどをつけた。プレスのやり方を何度も見直すなど、商品化の発表直前まで検証していたという。「市場のニーズがあれば、どんどん提案してもらいたい。それを必ず形にするのが工場の役目だ」(生産本部湯本工場の坂本雅由・工場長)
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「これからも業界初にこだわってものづくりを推進していきたい」と語る開発本部長の松尾昭則・執行役員[/caption]
流レールシンクの特性をクリナップの営業部門に理解してもらうため、プロジェクトチームは指導用の映像資料も作成した。水をどう流すと商品を効果的にプロモーションできるのか、どこに注力してユーザーに説明すればいいかなどをまとめたものだ。新しい商品を開発しても、ユーザーに実際に説明するのは営業部門だけに、彼らが納得しないとユーザーには伝わらない。これも実際に開発したチームメンバーが手本を見せないと、商品の本当の良さを理解してもらえないだろう。
「流レールシンクの開発は、これまでの業界の常識を覆すものばかりだった。社員たちも生き生きして開発に取り組んでいた。システムキッチンを国内で初めて手がけたように、今後も“業界初”にこだわっていきたい」(開発本部長の松尾昭則・執行役員)
プロジェクトチームはデザインや企画部門が中心だったが、生産部門をはじめ営業部門ほか各部門でもアイデアを出して実現に努力している。正しく全社一丸となって新しい商品を開発するという気概がなければ、デザイン・シンキングは成功しないという好例であろう。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年4月)のものです