企業がデジタルディスラプションに直面しても迅速に行動しない理由は、企業幹部の大半は、組織が直面する重大な課題を正しく理解していないからだ。デジタルディスラプションに取り組むとき、テクノロジーのイノベーションの急速なスピードを、組織が直面する主な問題だと見なす人が多い。確かに、次第に速まるテクノロジーのイノベーションのスピードは、企業が直面する課題の重要な部分ではあるが、そこに問題があるのではないし、それ自体が問題ではない。
企業が直面しているデジタルディスラプションの真の課題は、人なのである――具体的に言えば、人、組織、政策がテクノロジーの進歩に対応するときの、それぞれ異なるペースのことだ(図2-1)。テクノロジーは、個人がそれを取り入れるよりも速く変化する((1)導入のギャップ)。個人は、企業がその変化に適応するよりも速く変化に適応する((2)適応のギャップ)。さらに組織は、法制度・社会制度が調整するよりも速く調整する((3)同化のギャップ)。こうしたギャップは、それぞれ異なる課題を企業にもたらす。
ここで重要になるのは、テクノロジーと比べて、また個人がテクノロジーを取り入れて利用する場合と比べて、組織は変化に適応する速度が遅いので、異なるペースで変化が起きるという点だ。よって、テクノロジーの利用がもたらすギャップは、広がる一方である。
(1)導入(Adoption)のギャップ
「導入」とは、テクノロジーの変化の速度と、個人がその変化を日常生活の一部に取り込む速度とのギャップを表している。大きな影響を与えたエベレット・ロジャーズの著書『イノベーションの普及』(翔泳社)では、イノベーションの導入者を異なる速度と段階に基づき、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードに分類した。その結果現れたのが、アーリーマジョリティとレイトマジョリティが導入するようになったときにイノベーションが急速に起きることを示す、導入の累積関数である。
異なる程度で起きるとはいえ、後れを取った個人がかなりの部分を占めるので、導入は、多くのマネジャーが直面するデジタルディスラプションの最大の問題ではない。一般的に個人は、組織が適応するよりも速いスピードでテクノロジーを取り入れる。現在、個人は消費者対応のしっかりしたテクノロジー製品を簡単に入手できるので(かつて高価だったこうしたデバイスとサービスを、個人はその雇用主に頼っていた頃と比べて)、新しいテクノロジーにすぐに精通する。
このような状況になったのは比較的最近のことである。10年から15年前には、企業は個人よりも速くテクノロジーに順応した。その理由は単に経済性の問題だった。今世紀に入る前は、ほとんどの人は職場でしかテクノロジーを利用できなかったし、いわゆる企業が利用するレベルのテクノロジーは、消費者向けテクノロジーよりもはるかに先進的だった。情報技術のコストが下がるにつれて、消費者向けの強力なオンラインプラットホームが広範に利用できるようになり、強力なモバイル機器が普及するようになった。
グーグルやフェイスブック、アマゾンのような消費者向けプラットホームの急速な台頭は、個人がいかにすばやく変化に適応したかということの証拠である。プラットホームとデバイスが、向上するユーザーインタラクションからデータをどんどん収集するにしたがい、導入曲線がスピードを増すように進化している。組織しか利用できない高価なテクノロジーを用いる企業にとって、導入は今後も依然として問題になるだろう。だが、ほとんどのテクノロジーにとって問題は別のところにある。多くの組織は導入をさらに促す必要はなく、個人がこうしたツールですでに築いた利便性に適応する必要がある。
(2)同化(Assimilation)のギャップ…
これと対極に位置する「同化」とは、テクノロジーを利用する組織数と、その利用を定めるために社会が同意する法規制とのギャップのことをいう。法規制は一般的に実用化を遅らせるので、多くの企業にさまざまな課題を突き付ける。組織の利用と規制の枠組みとの間のギャップは、異なる法支配と向き合うグローバル企業にとって、おそらく深刻なものになるだろう。グローバル企業は、多数の法規制の枠組みに対処しなくてはならず、ある国で通用する方針は、別の国では通用しないかもしれないのだ。
また規制の枠組みは業界によっても異なる。規制産業の会社のあるマネジャーは、規制は会社にとって恩恵になると指摘する。規制はその業界の全競合他社に対して、すべきこと、すべきではないことの明確な指針を与えるからだという。規制産業の企業の中には、法制化してほしいイノベーションを説明し、こうした構想をどうしたら実現させられるか指導を仰ぐため、積極的に規制機関に接触する企業もある。
法的な政策立案者が実践に追い付くのを待つという選択肢は、大半の企業にはない。組織は法規制の指針を順守しながら、顧客の要求に応えるよう迅速に順応せねばならない。実際、ウーバーやエアビーアンドビーのような急成長している企業が直面する大きな課題には彼らの行動を体系化しようとする規制の枠組みが含まれる。
(3)適応(Adaptation)のギャップ
導入と同化という二つのギャップの間に、現代のほぼすべての組織が直面する重大なギャップが存在する――「適応」である。適応とは、企業と関わりを持つために個人の大多数がテクノロジーをどのように使いたいか(または使うつもりか)と、そのインタラクションを支えるために企業がどのように適応してきたかとのギャップである。世間で幅広く導入されていないテクノロジーの進歩は、それを資本化する方法を競争相手が先に見つけ出した場合、いつか戦略的脆弱性をもたらす恐れがある。だが現在においては、個人と組織の間のテクノロジー利用の分離が、競争における真の脅威となる。例えば、企業が顧客と効果的なデジタルインタラクションを実現できないなら、顧客はそれを可能にしてくれる競争相手やスタートアップのほうに、あっさり行ってしまうだろう。
幸い、多くの企業は顧客とデジタル的に関わる必要性を認識しており、これが多くの構想の背後にある原動力となっている。ところが、顧客に通じるデジタルチャネルを企業が活用するようになると、これもまた適応のギャップの別の側面を悪化させる恐れがある――社員と彼らが勤める企業との間に隙間が生じるのだ。社員は別の企業の顧客でもある。
よって彼らは普通、ビジネスインタラクションのための最新式のデジタルインターフェースを経験している。私たちのデータによると、私生活で技術的に可能なことと、電子メールと非モバイルコンピューティングに限られた職場で実行可能なこととのギャップに、社員は不満を募らせている。企業はテクノロジーを利用して顧客と関わっていながら、自社の社員をないがしろにしていることが多い。
このような問題がもたらす組織の存続に関わるような脅威は、いくら強調してもし過ぎることはない。多くの場合、テクノロジーの進歩により社員の間で強まる要求にかなうよう組織を変化させながら、顧客からのデジタルインタラクションの要求に対処できるほどすばやく適応する必要があるということが、企業が直面する主な問題となる。
組織のあり方を抜本的に変える
デジタルディスラプションがもたらす重大な問題は、テクノロジーのイノベーションのスピードではなく、人間の組織のさまざまなレベルにこうしたテクノロジーを同化させるときのスピードの不均衡である。したがって、テクノロジーよりも組織と経営をいっそう重視した構想に取り組むことで、企業は効果的にデジタルディスラプションの難題を乗り切ることができる。組織の仕事の仕方を抜本的に変えることによって――序列をフラット化し、意思決定をスピードアップし、必要なスキルが身に付くよう社員を支援し、環境におけるチャンスと脅威をきちんと理解することによって――のみ、組織はデジタルの世界にしっかり適応することができるのだ。
※本連載は、『DX経営戦略――成熟したデジタル組織をめざして』(NTT出版、2020年)からの抜粋をもとに作成しています。
<著者について>
ジェラルド・C・ケイン
ハーバードビジネススクール客員研究員、ボストンカレッジ教授。『MITスローンマネジメントレビュー』や『MISクォータリー』の編集にも携わる。
アン・グエン・フィリップス
デロイトインテグレーテッドリサーチセンターのシニアマネージャー。組織のリーダーシップ、人材、文化へのデジタルテクノロジーが与える影響について研究する。
ジョナサン・コパルスキー
マーケティング理論家、成長戦略家。ブランド、マーケティング戦略、コンテンツマーケティング、マーケティングテクノロジーなどで35年以上の実績を持つ。
ガース・R・アンドラス
デロイトコンサルティングLLPのプリンシパル。デロイトコンサルティング取締役会メンバー。