現代の日本は、1年間に120万人以上もの人が亡くなる「多死社会」です。一般的に人が亡くなると多くの日本人は葬儀を執り行います。家族が亡くなった場合は、葬儀の後に骨をお墓に埋葬し、家には仏壇を安置して家族が末永く手を合わせる場所を持ちます。
葬儀や墓、仏壇など人の死を契機として生じる消費を市場として捉えると、年間約2兆円もの規模になるといわれています。鎌倉新書は、この供養マーケットにおいてインターネットのポータルサイトを通して人々に必要な情報を提供しています。
【社 名】 鎌倉新書
【事業内容】 供養ポータルサイト運営、仏事関連雑誌発行 他
【設 立】 1984年4月
【本 社】 東京都中央区日本橋
【資 本 金】 2億5332万円
【従業員数】 79人 ※2017年1月末時点(アルバイト・パートなどを含む)
国内初、供養に関連する情報をまとめたポータルサイト
鎌倉新書
代表取締役社長 清水祐孝(しみず ひろたか)
1963年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学を卒業後、証券会社勤務を経て1990年父親の経営する鎌倉新書に入社。同社を仏教書から、葬儀や墓石、宗教用具などの業界へ向けた出版社へと転換。さらに「出版業」を「情報加工業」と定義付け、セミナーやコンサルティング、さらにはインターネットサービスへと事業を転換させた。現在「いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」「遺産相続なび」「看取り.com」など終活関連のさまざまなポータルサイトを運営し、高齢者の課題解決へ向けたサービスを提供している
鎌倉新書が運営している主なサイトは3つあります。葬儀情報を提供する「いい葬儀」、墓地や霊園に関する「いいお墓」、そして仏壇情報の「いい仏壇」です。「私たちが運営しているサイトは、不動産情報サイトに似ています」と話す清水祐孝社長。例えば墓を探す場合、資料を見て気になる墓をいくつか絞り、実際に見学して1つに決めるという使い方や仕組みはまさにマンション選びと同じです。
「お葬式も仏壇もお墓も、日常的に購入する商品ではなく、しかもかなり高額な買い物なので消費者には購入を失敗したくないという気持ちが働きます。本来であれば、ある程度の情報を得てから、じっくり検討して決めたいと思うところでしょう」と清水社長は話します。
インターネットで情報を探せるようになるまで、葬儀や墓についての情報源は、ほとんどが週末の新聞に入ってくる折り込みチラシでした。情報が網羅されている媒体はなく、折り込みチラシ以上の情報が欲しい人は、探しているエリア内を車で回るなど、自分の足と目で見つけなければならず、大変な労力が必要でした。
その後、インターネットで情報を探せるようになってからも、最初はメーカーや販売店などが自社の商品情報を個別に発信するだけで、第三者が多様な情報をまとめたものはなかったといいます。そこで、2000年より鎌倉新書ではそれまで断片的にしか入手できなかった情報をまとめたポータルサイトを作りました。
サイトでは、地域を指定して検索すれば、そこにある会社や店舗とその特色が分かりやすく表示されます。例えば「いいお墓」の場合は、「価格」や「こだわり条件」で絞り込むこともできます。ここで気に入ったものにチェックを入れて送信ボタンを押せば資料請求することができ、無料で顧客の手元に資料が届きます。
「いい葬儀」の顧客は3種類に分けられます。まずは、身内を亡くしたばかりの人。次に、本人または配偶者が「もう長くない」と医師から宣告を受けて、葬儀について調べておくようにと頼まれた家族。そして、自分の「終活」のために知識を得たい人です。
一方、墓探しは葬儀よりも時間の猶予があります。「いいお墓」は、葬儀を済ませて遺骨がすでに手元にある遺族が、日常生活に落ち着きを取り戻してから、家族でサイトを見て墓を探すケースが多いといいます。
「今は80歳になる社員の父でも、インターネットを使って検索します。このように、シニア世代にまでインターネットが普及して、私たちのサイトを使っていただくことも増えてきました」と清水社長は話します。
鎌倉新書の運営するWebサイト「いい葬儀」
仏教書出版から情報加工業へ…
大学卒業後、証券会社で働いていた清水社長は、1990年、まだ30歳にならない頃に創業者である父親に呼ばれて鎌倉新書に入社しました。
当時の鎌倉新書は、社名の通り業界向けに仏教関連の書籍を刊行する出版社でした。しかし売り上げは芳しくなく、葬儀や仏壇、墓の業界関係者に向けた業界誌を発刊したり、関連したビジネスを展開している販売店やメーカー向けに、いろいろな販促ツールを作成したりするなど試行錯誤していたといいます。
そうして読者と関わるうちに、清水社長は「雑誌の読者は印刷物が欲しいのではなく、そこに書いてある情報が欲しいからこそ雑誌を購入しているのだ」と気付きました。必要な情報が届けられるのであれば、その手段は必ずしも印刷物である必要はないと考え、清水社長は鎌倉新書を「出版社」ではなく「情報加工会社」だと定義付けました。
雑誌に掲載されたテーマについてもう少し深く知りたい人には、セミナーを開催し参加料をもらうようにしました。一方で、自社向けに情報を加工して提供してほしいというニーズもあり、これに応えるためにコンサルティング業務も始めました。
大きな転機となったのは、90年代半ばのインターネットの普及です。清水社長は情報伝達の手段としてインターネットにいち早く注目し、2000年に国内初の葬祭情報ポータルサイト「いい葬儀」を開設しました。当初は、葬儀の知識やしきたりなどを伝える情報サイトだったといいます。
しかし、悩んだのは収益を得る方法です。清水社長は「当時は提供する情報を集めるためにかけたコストを、どうやって回収したらいいのか分からなかった」といいます。インターネットビジネスに関するセミナーや勉強会に積極的に参加し勉強しました。
やがてポータルサイトを見た人たちから「地元の葬儀社や仏壇店、墓石店の連絡先を教えてほしい」というような問い合わせを受けるようになりました。電話を受けるのは雑誌編集部の社員たちです。持っている資料から業者を調べて折り返し電話をするというような対応をしていたのですが、そのうち社員から、「締め切りで残業しているときの電話応対は、本業に差し支えが生じる」という申し出がありました。
そこで清水社長は、顧客からの問い合わせを受ける電話を1本引いて専用窓口をつくりました。これがインターネット事業のスタートです。事業者側は広告に多くのコストをかけていますが、葬儀や墓を探している人が多いわけではありません。そこで私たちが事業者の集客コストを最適化するべく、お客さまに葬儀社や墓石販売業者などの情報を提供し、それが売り上げにつながった場合には事業者から手数料をもらうという現在のビジネスモデルを生み出しました。
葬儀の持つ意味や価値、人とのつながりの大切さを伝えていきたい
事業の転換は簡単ではありませんでした。「社長の考え方には付いていけない」と、会社を去った社員もいました。しかし、「そうした苦しい時期を乗り越えたからこそ、今がある」と清水社長。
インターネットに詳しい専門のスタッフも採用し、少しずつ体制を整えていきました。そうした努力の結果、鎌倉新書の運営するポータルサイトは相談件数において業界トップとなっています。社長に就任して15年目、2017年1月期の売り上げは13億3000万円。その約8割が、ポータルサイトからの収益です。
「日本は今、世界でも類を見ない超高齢社会に突入し、この状況は今後も数十年にわたって進展していくでしょう。当社では高齢者に向けた適切な情報サービスを提供することで、社会のニーズに応えていきます」と清水社長は話します。
現在では、昭和の頃とは違い4人家族は標準ではなくなり、単身世帯や夫婦のみの世帯が多数派となっています。預貯金を持っていても、死んだ後のことを頼む相手がいない人も多い。そうなると、好むと好まざるとにかかわらず、自らの死後のことを知り、考え、そして場合によっては決めておかなくてはなりません。また、家族だけで行う「家族葬」が増え、昔のように、お寺や地域親族が関わる葬儀は減っています。葬儀の仕方を教えてくれる人はいません。これらの変化を捉え、清水社長は鎌倉新書の事業のあるべき姿を次のように語ります。
「人生の最終局面での問題解決には当サイトに来るという流れをつくりたいと思います。供養の前後に起こるさまざまなニーズを解決するために看取りや遺産相続など“終活”関連サービスを展開していきます」
また、清水社長は「お葬式を体験する価値や、仏壇やお墓の意味を後世に伝えていかなければならない」とも感じています。「昔は、地域の人、親戚、祖父母などから教わっていたことが、家族だけとの付き合いが中心になるにつれて伝わらなくなっています。例えば、お葬式は大切な学びの場、成長のための重要な場だと私は思っています。お葬式に参列した人は、それぞれが家族とのつながりを考えたり、自分の人生を振り返ったりします。亡くなった人は『学びの場』をつくってくれる先生、教師みたいなものではないかと私は考えています」と清水社長は話します。
人とのつながりの大切さ、死や供養が持つ意味を後世へ残すことも、情報をビジネスとする者の重要な役割であると考え、これからも鎌倉新書は必要とされる情報を人々に伝えていきます。
MORIBE's EYE
今後大きな需要拡大を望めない仏書という事業から、寺、高齢者にヒントを得て何かと問題のある葬式事業の改革、それもインターネットを利用していい葬儀事業者を紹介するという目の付けどころは素晴らしい。さらに、15年末には株式公開を実現。見事、見事。
『森部好樹が選ぶ 日本のベストベンチャー25社』/森部好樹 著
※情報は記事執筆時点(2016年6月)のものですが、一部2017年6月に最新の情報に更新しました