容器の底のツマミを折ると、カラメルが乗ったプリンが皿の上に飛び出すプッチンプリンは、デザートや子どものおやつとして定番です。自宅でのテレワークの合間に口にしているビジネスパーソンもいるかもしれません。プッチンプリンは1972年に販売が開始され、2013年には「世界一売れているプリン」としてギネス世界記録(ギネスワールドレコーズ)に認定された、世界クラスのロングセラーです。
プッチンプリンを開発したのは、グリコ乳業(2015年に江崎グリコに吸収合併)です。同社は江崎グリコに製菓用原料となる乳製品を供給するため1947年に設立されました。また、自社で牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳などの乳飲料やヨーグルトなどの乳製品を開発、販売していました。
乳飲料、乳製品だけでなく、牛乳を使ってデザート商品が作れないか――。そこで目を付けたのが、プリンでした。
プリンは、1970年頃、パーラーや洋菓子店などで人気のデザートになっていました。また、自宅で簡単に作れるプリンの素も売れ行きが好調でした。プリンに対するニーズはあることが想定されましたが、グリコ乳業はプリン後発組となることもあり、何かしら特徴を出す必要がありました。
他社が販売していたプリンは、容器からプリンを皿の上に出すのが容易ではなく、ほとんどの場合、容器に入ったまま食べるしかなかったのです。また、プリンとカラメルを絡めて食べるには、容器の底にたまっているカラメルの所までスプーンを入れなければなりません。そうするとプリンが崩れ、子どもがワクワクする見た目と豊かな食感が失われてしまいます。
パーラーなどでプリンが出されるときは、カラメルとプリンを一緒に食べても、プリンが崩れることはありません。簡単に皿の上に載せる方法はないものか――。スタッフの模索が続きます。
洋菓子店の日常的な光景から穴を開けるヒントを得る…
そんな折、スタッフが目にしたのは町の洋菓子店では日常的なとある光景でした。この洋菓子店では、型の容器の底にアイスピックで穴を開け、崩れないようにゼリーを皿に盛り付けていました。これと同じように、容器の底に穴を開けられるようにすれば、きれいにプリンを皿の上に出すことができる!それまでにないプリンづくりのヒントが生まれました。
しかし、底に簡単に穴を開けられる容器というのは、当時の日本のどこにもありません。いろいろな容器メーカーに相談を持ちかけますが、成型が複雑になるなど技術的に困難で、ことごとく断られてしまいます。
なおも引き受けてくれる会社を探した末、1972年1月、底にあるツマミを折ると穴が開くタイプの容器が作れるメーカーがようやく現れました。ポイントになったのはツマミの位置です。ツマミの位置を、容器の底に作ったへこみから微妙にずらすと軽く折れ、きれいに穴が開きます。
こうして1972年7月、「グリコプリン」が発売されました。容器のフタには、ツマミを折るイラストと共に「底のポッチをプッチンしてね」との説明が入っています。簡単に、きれいに皿の上に盛り付けることができる画期的なプリンの誕生です。
しかし、グリコプリンの売れ行きは思わしくありませんでした。
容器の底のツマミを折れば簡単に皿の上に出せるという利便性には、自信がありました。そこで、新たに味を見直したのです。さまざまな原料の配合のバランスを変えて味のパターンをいくつも作り、試食を繰り返します。その中で見つけたキーワードが「ミルキーさ」と「コク」。この2つの要素を満たしていると、おいしく、飽きのこないプリンになると見定めたのです。
現在にも通じるモノの本質を見極める力の重要性
こうして、「グリコプリン」は「プッチンプリン」と名前を変え、1974年に新たに発売されました。おいしくなったグリコのプリン、プッチンプリンは評判を呼びます。そして、プリンがきれいに皿に落ちる様子を映したテレビCMと相まって、一大ヒット商品となりました。
以降、プッチンプリンは愛され続け、2013年にはシリーズ累計販売数が51億個を超えるという記録的なロングセラー商品になります。
プッチンプリンが支持されるのは、容器の底のツマミを折るときれいにプリンを皿に盛ることができる仕組みによるところが大きいでしょう。また、その特徴を的確に表したテレビCMやプッチンプリンというネーミングも、ロングセラーの要因と思われます。
しかし、それだけではこれだけ長い期間売れ続けることはなかったのではないでしょうか。1972年にグリコプリンを発売したときにも、容器の底のツマミの仕組みはありました。そこで受け入れられなかったとき、食品の核(本質的なもの、人が感じる価値)である味に立ち返ったことが、ロングセラーの原点となりました。
商品開発において、デザインやパッケージ、ネーミング、販売戦略などは非常に重要な要素です。しかし、商品の核となる価値が担保されていることが、すべての出発点になる。このことを、プッチンプリンの事例は教えてくれているように思います。