いま話題のトレンドワードをご紹介する本企画。第16回のテーマはスッキリわかる「ヒヤリハット」です。言葉の意味、そしてその背景や関連する出来事を解説していきます。みなさまのご理解の一助となれば幸いです。
ヒヤリハットとは、危ないことが起こったものの大きな事故や災害には至らなかった事象のことです。文字通り、思いがけない出来事に「ヒヤリ」としたり、ミスなどに気づいて「ハッ」としたりすることがその名前の由来となっています。ヒヤリハットとペアで語られるのが「ハインリッヒの法則」です。この法則は、「1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故や災害があり、その手前に300件の事故寸前な出来事が隠されている」というもので、この「300件の事故寸前の出来事」がヒヤリハットに当たります。
ヒヤリハットな事象に遭遇したら、それを記録し提出、皆で原因を究明し、解決策を探ることが重大な事故や災害の事前防止につながります。こうした点から、ヒヤリハットはリスクマネジメントの観点から、大きく重要視されています。
「ヒヤリハット」という言葉は、約30年前頃にはすでに使用されていた、という説が有力です。筆者も昔、近所の工事現場でヒヤリハットのポスターを見かけたことがあります。このヒヤリハットを語るときに不可欠なのが「ハインリッヒの法則」です。先に触れたこの法則は、1931年、米国の損害保険会社の安全技師であったハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ氏が、5000件以上の労働災害を調査した結果から導き出したとされます。「1:29:300の法則」とも呼ばれ、「1件の重大事故の背後には、29件の重大な事故には至らなかった軽微な事故や災害があり、さらにその手前には300件の事故寸前だった出来事が隠されている」というものですが、この「事故寸前だった出来事」が「ヒヤリハット」に該当します。
①全てのケガ及び職業病は防ぐことができる
②マネジメントはケガおよび職業病の防止に直接責任がある
③安全は雇用の条件である
④トレーニングは職場の安全を確保する基本的な要素である
⑤安全監査を実施しなければならない
⑥安全上の欠陥は全て直ちに改善しなければならない
⑦実際に発生したケガでなく、ケガの可能性のあるものは全て調査しなければならない
⑧勤務時間内だけの安全でなく、勤務時間外の安全も同様に重要である
⑨安全は引き合う仕事である
⑩安全プログラムを成功させるためにもっとも決定的な要素は人である
⑦の「実際に発生したケガでなく、ケガの可能性のあるものは全て調査しなければならない」がヒヤリハット関連に相当するでしょう。①や③などその他の項目からは、「安全が何ものにも勝る」という安全に対する徹底した概念がうかがわれます。
ところで、ヒヤリハットによる問題解決のためには、ヒヤリハットの「報告」が重要です。ただしヒヤリハットの報告には勇気が要ります。ヘタをすれば自分のミスや不注意が明るみに出てしまうからです。厚生労働省の「安全キーワード」の「ヒヤリハット」には、従業員を責めない取り決めや、共有に対する意識付けの重要さが示されています。これは従業員からのヒヤリハット報告が大きな事故の事前解決につながるからです(職場の安全衛生活動については、先述の「職場のあんぜんサイト」が何かと参考になります。リーフレットや教材も豊富なので、チェックしてみるとよいでしょう)。
企業に与えるインパクトは?
ヒヤリハットの報告が重大事故の発生を防ぐ、と先に述べました。ただし、ヒヤリハットへの「気づき」がなければ報告もできず、事故防止にもつながりません。「気づく」こと、そして気づきを「報告する」ことが皆の安全につながる「良いこと」だと、社員一人ひとりが当たり前に思うような職場づくりや意識改革が必要です。以下、大事故の事前防止につながるヒヤリハットのポイントをまとめてみました。
1.ヒヤリハット報告を定着させる
先に挙げた「安全キーワード」には「労働者を責めない取り決め」「ヒヤリハットがきちんと報告される意識付け」が重要、とありました。ヒヤリハット報告を定着させるため、例えば下記のような方策が考えられます。
・当事者の責任を追及しないルールや意識づくり
・気づきや報告が安全につながる良いことだと思える雰囲気づくり
・報告で不利益を被ることがないことを明言し、浸透させる
・報告したら評価を上げるシステムづくり
・上司が率先してヒヤリハットを報告する
・事態が改善されたときなどに、報告者や提案者に報奨金・賞品を支給するなどの、報奨制度の開設
2.簡易に報告できるシステムを作る
ヒヤリハット報告を定着させるには、「報告しやすい」環境を作ることも大事です。報告書の項目は、5W1H(だれが・いつ・どこで・なにを・なぜ・どのように)が分かるようなテンプレートを作成するとよいでしょう。さらに、思いつく再発防止策を書ける欄も用意しておきます。ただ、報告書の作成作業は、特に書類を書き慣れていない社員にとって、大変で手間もかかります。普段の忙しい作業の中で行うため、負担がかかりすぎないよう、記載や提出のハードルが上がらない工夫が大切です。例えば、次のような事項が考えられます(ヒヤリハットの報告書のサンプルは、「ヒヤリハット 報告書」などでWeb検索するとたくさん見つかるので、参考にするとよいでしょう)。
・報告書の一部を選択式にするなどで、記入箇所を減らす(頻度、重大性、危険度などを3~5段階で評価する、該当する箇所に〇を付けるシステムを工夫する、など)
・全部署にヒヤリハットノートを配布し、休憩時間に書き込むなどで、報告しやすい環境を作る
・報告を電子化して、パソコンやスマホから簡単に提出・確認できるようにする
3.報告から問題解決までの流れを整える
ヒヤリハット発生・報告から問題解決までの流れを自社なりに作っておきましょう。例えば、下記のようなイメージです(ヒヤリハットを部署のミーティングで出し合い、リーダーが報告書を作り提出する、なども一案です)。
・ヒヤリハットの流れ(例)
ヒヤリハット発生→報告書の作成→報告書の提出→報告書の集計・分析→会議などで話し合い→話し合いで取り決めた改善策を行う→一連のヒヤリハット事例を社内報などで共有
なお、ヒヤリハット事例の改善策は、危険予知訓練(KYT)の手法で導き出すと効率的とされます。KYTでは、事例を4つのラウンドに分けて作業や職場にひそむ危険性や有害性等の危険要因を発見し解決します。詳しくは「安全衛生キーワード」の「危険予知訓練(KYT)」を参考に。
4.事例集を活用する
ヒヤリハットの発生・報告から改善を行うことはもちろん重要ですが、一般的なヒヤリハットについては、すでに公開・共有されている「ヒヤリハット事例」を参考に改善を行っていくのも効率的です。事例は、Web検索などでも数多く見つかりますが、「職場のあんぜんサイト」の「ヒヤリ・ハット事例」を参考にするとよいでしょう。ここにはさまざまな場面で発生する400例以上のヒヤリハットとその対策がイラスト付きで紹介されています。
これから予測される課題は?
ヒヤリハットは、重大な事故や災害を事前に防ぐための有用な手法です。しかし、本来はどんな小さな事故、事故になりそうな事態でも、起きないに越したことはありません。そして「ムリ・ムラ・ムダ」に起因する、従業員の業務負担や心理負担が過度に大きい場合にも、事故やミスが発生しやすくなります。従業員がいつでも時間や心の余裕をもち、快適に働くことが、事故を減らすことにつながります。なお、事故やミスの軽減には、普段の整理・整頓を徹底する「5S活動」も有効です。
従業員の負担軽減には、DXシステムやITツール、AIやIoT、ロボットなどデジタル技術を取り入れた自動化や業務効率化システムの導入が有効でしょう。ヒヤリハットの報告や解決までの流れ、共有までの手順もデジタル化を視野に入れ、検討するとよいでしょう。ヒヤリハットを含む安全衛生管理に関するソリューションもたくさん提供されています。先ほどの自動化や業務効率化も含めて、Webなどで自社に合うものを検索してみるとよいでしょう。最寄りのベンダーに相談するのも手です。その他、「みらデジ」「IT経営サポートセンター」、最寄りの商工会議所のデジタル化相談窓口など公共の窓口も頼りになるでしょう。
「ヒヤリハット活動」は、重大な事故や災害を事前に防ぐ効果的な手法です。気づきやすい、報告しやすい、改善しやすい環境をつくり、皆で事故や災害のない、明るい未来を作っていきましょう。
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