「君子は豹変し、小人は面を革む」(『易経』)
ビジネスにおいて、トップが誤った事業戦略に固執したり、撤退の決断が遅れたりして、結局それらが致命傷となって倒産した企業は枚挙に暇がありません。ようやく台湾の企業による買収により再出発が決まったシャープも、液晶分野への固執が苦境に陥った要因の一つといえるでしょう。
過ちに気づいたらすぐに改め、状況の変化へ柔軟に対応することが、企業が生き残り、成長するカギともいえます。とはいえ、トップには、メンツもあり、過ちは認めたくないものです。しかし優れたリーダーは、そんなことにちゅうちょはしません。それを教える名言が、「五経」の一つで、今から3500年前の周の時代に書かれた『易経』にあります。
「君子は豹変し、小人は面を革む」(『易経』)
(訳)君子は、豹が季節が来ると毛が生え変わりくっきりとした模様が現れるように、過ちをすばやくきちんと改める。それに対して、小人はただ外面を改めるだけだ。
皆さんよく「君子豹変」という故事成語を聞いたことがあると思います。現在、この言葉は「自分の都合によって態度を一変させる」といった悪い意味に使われる場合が多いようです。しかし、原典をあたり、その後に続く言葉も含めて考えると、本来の意味はまったく異なることが分かります。
「豹変」は悪い行動ではなく、リーダーにこそ求められる…
つまり、本当は、「地位の高い人・リーダー(君子)は、自分が間違っていることが分かれば、面子などにこだわらず考えを変え、そして行動を変化させる」という良い行動のたとえなのです。そして、その後に「とるにたらない人(小人)は、表面上、変えたように見えるだけで、その本質は以前のままだ」という言葉が続きます。
過ちに気づいたらこだわらず直ちにきちんと改める。しかし、そうした行動が朝令暮改と取られ、嫌われることもあります。我々日本人は、一貫性を尊び、一度口に出した言葉や行動は変えてはならないと考える傾向があるため、こうした行動は取りにくいという面もあるかもしれません。
しかし、企業が生き残り成長していくためには、状況の変化に対して素早く柔軟に対応していかなければなりません。社会環境や経済環境、消費者ニーズの変化、さらにテクノロジーの進展などに合わせて、新たな消費やサービスを開発し、提供していくには迅速な決断と実行が欠かせないのです。
経営にはスピードが大切だとよくいわれます。過ちを改めるという意味では、特に撤退の決断でその真価が問われます。一度やると決めたら、成功するまで突き進むという行為がベストなのでしょうか。それによって損失が膨らみ、立ち直れないほどの傷を負うことになりかねません。損失が少ないうちに手じまいすれば、次のチャンスにかけることもできるのです。撤退の決断は経営者にしかできません。だからこそ、過ちに気づいたら、すぐに改めることが必要なのです。社員に対して、顧客に対して、面子が立たないなどといってはいられません。
高級ホテル・高級旅館に特化した予約サイト「一休.com」などを運営する一休を創業した森正文元社長は、かつて大企業と組んで中国市場に進出したことがあります。ところが森さんは予約や契約に対する考えの違いなどを痛感。進出後わずか3日で撤退を決断したそうです。まだ始めたばかりではないかという社内の意見を押し切り、結果的に損失は軽微な金額に留まりました。ネット企業らしいスピード感あふれる経営判断だといえるでしょう。
どんなに偉くなり、権力を握ろうとも、面子にこだわらず、過ちを素直に認めることも大切です。経営の神様といわれた松下幸之助さんは、1960年代初めに松下電器産業(現・パナソニック)が減収減益に陥った際、熱海で販売会社・特約店の社長を集めた会議を開催しました。販売会社・特約店が赤字なのは努力が足りないのではないか。そんな考えに対し、参加者は激しく反論。会議は3日間に及びました。
最後に松下さんは「皆さんの言い分はよく分かった。松下が悪かった」と自らの過ちを涙ながらに認め、改革の決意を明らかにします。その後、松下電器は再起を果たしました。後に「熱海会談」として語り継がれるエピソードです。一代で世界的な企業グループを築いた松下さんが面子を捨てて“君子豹変”したからこそ、その後の松下の飛躍を生んだのかもしれません。