経営者の育てられ方から子育ての極意を学ぶ連載。今回はGMOインターネットの熊谷正寿社長の後編です。父への反抗心を祖母の愛情によって乗り越えた熊谷社長のケースを紹介します。
熊谷が高校を2年で中退したのは、居心地の悪さを感じたからだという。入学試験でトップ合格し、入学式では総代を務めたが、その後勉強から遠ざかり、2年のときの成績は下から数えたほうが早かった。すると教師が手のひらを返し、熊谷に冷たく当たるようになった。中退後、父親の仕事を手伝い始めた。
手探りでマネジメントの方法を覚え、18歳のときには業績不振に陥っていたパチンコ店を地域一番店に導く。しかし熊谷が経営について学べば学ぶほど、父親とは相いれない部分があることが見えてきたという。それは社員に対する態度だ。
「父は社員をあまり顧みていなかった。取引先など外の人には困っているとお金を出してあげるなど、とても大切にするんですが、社員に対してはそうではない。父のそばで見ていると、これじゃ駄目だろうと思うことがたくさん出てきて。やはり会社というのは、かかわる仲間たちを笑顔にするために存在すると思うんです。もちろん、その中心はスタッフです。スタッフを大切にしなければ、会社は続かない」
熊谷は父親と激しく対立した末にたもとを分かち、自分の会社を興す。会社を軌道に乗せるまでは、食うや食わずの生活が続いた。心が折れそうになったとき、いつも思い出すのは、祖母の顔だった。「あなたは特別な子よ」という潜在意識に刷り込まれた言葉を胸に、熊谷はひたすら前を向いて走り続けた。
「会社の存続年数は諸説ありますが、一説では創業5年で約70%の会社が消えるそうです。だから会社を立ち上げたときには、お金もうけなど個人的な欲求があったとしても、どこかでお客様のためスタッフのための会社に転換しないと、絶対立ちゆかなくなる」
「僕も最初、父に負けるものかという対抗心があり、それは原動力にもなりましたが、今はありません。お金をもうけたいということも考えていない。そうやって転換することができたのは、僕の場合、慕っていた祖母やほかの誰かを喜ばせたり、驚かせたりすることが好きだったというのがあるかもしれません。やはり幼少期に刷り込まれた考え方が根本にあるのでしょう。消えていった会社と比較すると、そこが違うと思うんですよ」
「会社というのは正直で、経営手腕がどんなにすごくても、ベースの考え方を間違うと潰れていく。途中でそのことに気が付いて変わってもいい。ただ、変われるかどうかというのは、やはり幼少期の影響が少なからずあると思うんです」
事業家として大きな存在だった父親と激しく対立し、飛び出した熊谷が、父親を乗り越えたいという対抗心を本当に払拭できているのかどうかは定かでない。
熊谷の場合、結果として高校中退の学歴になったことで、大おじである伊庭長之助からも厳しい仕打ちを受けている。20歳のある日、日本天然色映画の面接試験を受けに行ったとき、学歴の話になった途端、伊庭は話を打ち切った。この一件が熊谷の心の炎をさらに燃やし、それまで以上に仕事に精力を注ぎ込むようになる。
そうした強力な反骨のエネルギーが、「時間合理主義」とも呼べる熊谷の生き方につながっている面は否定できないだろう。ただそれを利己的なものにとどめず、世のため人のために生きるという経営者の使命に転換できたのは、熊谷を包み込んでくれた祖母の愛情にほかならない。「あなたは特別な子なのよ」という祖母の言葉を信じ、熊谷はこれからも寸暇を惜しんで、事業家としてさらなる高みをめざし続ける。
●まとめ 熊谷正寿氏の育てられ方に学ぶこと
「祖父母の力を借りる」
熊谷正寿の人生では、祖母が大きなウエートを占めている。両親は厳しかったが、母方の祖母は優しく、その祖母からかけられた言葉が今なお、熊谷の心を包み込んでいる。この熊谷のケースから学べることは何か。それは子育ての場面で、祖父母の力を借りるのが効果的ということだろう。
子どもにとって祖父母は大抵、優しい存在だ。実際「おばあちゃん子」「おじいちゃん子」という言葉があるように、祖父母に強い愛情を抱く子は多い。両親が共働きで、昼間は祖父母が孫の面倒を見ている場合でも、祖父母は「あくまで子育ては親の責任」と一歩引いて、遠目から見守る存在に徹しているものだ。そうしたスタンスの違いが優しさにつながりやすい。
だからあなたが子どもの将来を思うあまり、つい厳しく育ててしまうというタイプなら、子どもが祖父母と接する時間を意識して多くつくるといいだろう。「○○ちゃんは、こんなこともできるようになったの!」「○○くんは、いつも頑張っているね」と祖父母から優しい言葉をかけてもらえば、子どもは自信を深める。
子育ての仕方は十人十色だが、共通して大事なのは「子どもの考えを尊重して、肯定すること」というのが、本連載の考え方だ。子どもの心が強い自己肯定感を土台としていれば、どんな道に進もうとも、その分野でのびのびと力を発揮する。ここまでのケースを振り返っても、そうした子育ての重要性が分かると思う。
子どもの自己肯定感を高める役割は父母が担うのが理想だが、祖父母であっても、あるいは学校の教師や保育者であっても代替できる。逆に、そうした自信を与えてくれる人が存在しなければ、人生の扉は開かれない。
日経トップリーダー/執筆=北方 雅人・本荘 そのこ
出典:絶対肯定の子育て 世に名を成す人は、親がすごい