12月になると、多くの経営者が決算について考えます。個人事業者は12月が決算月だからです。取引先を接待したり、備品を買い足したりと、経営者はあの手この手で経費を使い、税金を抑えようと考えます。利益を出して税金を支払うのなら、もっと別の使い道があると考える経営者はたくさんいます。
また金融機関も、業績が堅調な取引先に対して、法人向けの保険を盛んに推進する時期でもあります。保険の掛け金を損金として計上できれば、結果として利益が減少するからです。経営者の頭の中にあるのは「収入-必要経費-各種控除=課税所得金額」という、所得税を算出するための算式なのです。
かつては冗談と笑い飛ばされていましたが、今では仕事で着るスーツの購入費用をサラリーマンが必要経費として計上し、節税することも不可能ではないのです。もし、スーツの購入費用が必要経費と認められれば、課税所得金額は減少し、所得税も安くなります。
サラリーマンでも必要経費が計上できる「特定支出控除」は、どのように申告すれば良いのでしょうか? それを知るためには、「所得」という仕組みの構造を理解する必要があります。少し遠回りになりますが、順を追って説明します。
所得税法では、所得を10種類に区分しています。例えば、預貯金の利子であれば「利子所得」。事業によって生じる所得は「事業所得」。そして、サラリーマンが勤務先から受け取る給料や賞与は「給与所得」となります。
給与所得に課される所得税は、勤務先から受け取る給与収入のすべてが課税の対象となるわけではありません。「収入金額(源泉徴収される前の金額)−給与所得控除額」によって、課税の対象となる給与所得額が算出されます。
企業の収益や自営業者の収入との決定的な違いは、サラリーマンは必要経費を差し引くことが認められていない点です。必要経費には、仕入原価や販売経費、従業員に支払う給与などが該当しますが、サラリーマンの場合はプライベートの支出と必要経費の線引きが難しく、正確に必要経費を把握することが困難だからです。
だからといって、収入のすべてに課税すれば、自営業者における事業所得の計算と比較し、公平性が保たれません。そこで、給与収入に応じた給与所得控除が設けられています。
例えば年収800万円のサラリーマンであれば200万円、年収600万円のサラリーマンであれば174万円が給与所得控除額となります。これがサラリーマンの必要経費に該当する部分として、収入から控除されることになります。多くのサラリーマンの場合は、上記の算式で給与所得額が決定します。
しかし、給与所得控除のほかにも、特定支出控除というものが認められていることをご存じでしょうか。給与所得控除は、実際の給与収入に対する経費を明確に線引きできないことから設定されたものです。これに対して特定支出控除は、ある一定の条件の支出に対して業務上の必要経費と認められるものになります。特定支出控除を利用すれば給与所得は減少し、支払う税金も安くなります。
「ある一定の条件」は、以下の通りです。
1. 一般の通勤者として通常必要であると認められる通勤のための支出(通勤費)
2. 転勤に伴う転居のために通常必要であると認められる支出(転居費)
3. 職務に直接必要な技術や知識を得ることを目的として研修を受けるための支出(研修費)
4. 職務に直接必要な資格を取得するための支出(資格取得費)
5. 単身赴任などの場合で、その者の勤務地または居所と自宅の間の旅行のために通常必要な支出(帰宅旅費)
6. 職務を遂行するために必要と認められた書籍などの図書費や、事務服などの衣服費、取引先への接待などの交際費など(勤務必要経費)
これらに該当すれば、特定支出の対象となります。例えば、自己研さんのため税理士や公認会計士などの資格取得に要した費用や、仕事で着用するスーツ、仕事で必要な書籍や新聞・雑誌・取引先への接待も、特定支出控除として認められるのです。
特定支出控除の使い勝手はまだまだ不十分
以前から制度として特定支出控除は存在しましたが、確定申告による特定支出控除の適用者数は大変少なく、平成23年分の申告が4人、平成24年分が6人でした。ところが、平成25年分では約1600人に急増しています。
これは制度の拡充が図られ、使い勝手が向上したからです。具体的には、控除の適用範囲に弁護士・公認会計士・税理士などの資格取得費、勤務必要経費(図書費・衣服費・交際費等)が追加され、さらに判定基準の緩和も行われました。
とはいうものの、国税庁の統計では平成24年の給与所得者数は4556万人。制度の利用者はまだまだ少なく、広く浸透しているとは言い難い状況です。
浸透を妨げている原因としては、この制度を利用するために確定申告を行う必要があることも大きいかもしれません。しかし、制度の最大のハードルは、「特定支出は給与の支払者が証明したものに限られる」という点にあります。確定申告の際には、特定支出に関する明細書および、給与の支払者の証明書を申告書に添付する必要があるのです。勤務先で証明書を発行してもらわなければ、この制度を利用できません。
多くのサラリーマンにとって、スーツは仕事着ともいえます。また、業界誌を購読したり、専門書を購入したりすることも、仕事の一環であるといえるでしょう。これらは本来立派な必要経費であるはずですが、法律上経費として認められるためには、勤務先の証明書が必要なのです。しかし現実には、証明書を発行する制度そのものが存在しない企業が多いかもしれません。
折しも、社会保障と税の共通番号(マイナンバー)の利用範囲を広げる改正マイナンバー法が成立し、12桁の番号を記した「通知カード」の郵送が始まっています。預金口座とマイナンバーを結び付けることで、国民一人ひとりの収入や、扶養情報、さらに預金口座までひも付けされ、一元管理されることで、効率的に税務調査を行える環境が出来上がります。不正な手当の受給や脱税が露見しやすくなり、税の公平性が保たれるのは、歓迎すべきことです。
税負担が年々増加し、不公平感も強まる中、特定支出控除のような制度についての知識を深めることは大切です。ただ、企業側の協力なくしてこうした制度は広がりません。だからこそ、経営者も制度の有用性を理解し、積極的に利用推進を勧めるべきではないでしょうか。