これからのビジネスをつくるための「サービスデザイン思考」(第4回)無駄だらけの「野良仕事」にビジネスの本質は眠っている

経営全般 スキルアップ

公開日:2023.05.15

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ペルソナは時代遅れなのか?

 自社にとって最も重要な架空の顧客像を人格化した「ペルソナ」の活用は、今やデザインに限らず製品開発やマーケティングの領域では一般的になりました(ペルソナの詳しい定義やつくり方については、拙著『サービスデザイン思考』第5章をご参照ください)。

 私は、日本でペルソナを活用したユーザー中心のデザインが行われ始めたころからペルソナ開発に携わってきましたので、ペルソナの重要性や価値について強く実感しています。ところが、あるときデザインを学ぶ大学生からこんな質問を受けました。

「ペルソナって、古くないですか?」

 わざわざペルソナを作成したとしてもユーザーや環境は常に変化するし、そのような変化に応じて臨機応変に製品・サービスを改良していく必要があるとしたら、手間をかけてペルソナをつくる必要性は薄いのではないか――その質問にはこういう意図があったのですが、私はふと考え込んでしまいました。

 確かに、現在の製品開発はどんどんアジャイル的になっています。まずは製品やサービスをリリースしてみて、ABテスト(多変量検証)などで顧客の反応を見ながら、顧客と企業の双方にとって好ましい状態に改良を重ねていきます。これは、スマホアプリやオンラインサービスなど、デジタルなプロダクトやサービスの領域では、もはや当たり前になっている手法でしょう。

 そのような製品開発が主流になると、丁寧にリサーチして集めたデータを一生懸命解釈しながら顧客にとって重要な価値やゴールを見いだし、時間をかけてペルソナにまとめ上げる作業は時代遅れに感じられるかもしれません。仮説を基にしてでもいいので素早く製品やサービスをつくり、実際にリリースしてから顧客の反応に合わせて改良していくほうが効率的だからです。

 確かに、そのようにして製品改良を重ねていけば、ユーザー満足度の高い製品・サービスになるでしょう。しかし、すべての企業が同じ方法をとったとしたら、世の中には同じような製品やサービスがあふれてしまうのではないでしょうか。そうなるとユーザーはわざわざ特定の企業やブランドを選ぶ必要はなくなってしまいます。企業はそんな状態を決して望んではいないでしょう。

「まだユーザーが存在していないもの」をどう考えるか

 別の角度から見ると、アジャイルな製品開発スタイルは「ユーザー中心」の製品開発には向いているかもしれません。しかし、既存製品の改良ではなく革新性の高い新規の製品やサービスを考えるにはどうすればよいのでしょうか。

 そもそもユーザーが存在しない製品やサービスは、誰を自社にとって重要なユーザーだと考えて製品・サービスのコンセプトを設定するかが定まりません。だからといって、「どうせ後でABテストをやって改良するんだからいいだろう」と、何のよりどころもなく適当につくった仮説に基づき製品やサービスをつくるのは許されません。

 このことから、先ほど採り上げたアジャイルな方法が有用なのは、ユーザーや市場のニーズに応答して改良の緒を見つける、漸進的な製品イノベーションの領域だといえるでしょう。しかし、まだユーザーがはっきりと存在していない製品やサービスを考えたり、今ある製品やサービスの意味を問い直すことで顧客にとっての価値を刷新したりするときには、やはりペルソナが役に立つのです。

ペルソナは「何を/どのように」ではなく、「なぜ」を描き出す

 ペルソナなんて役に立つの?という疑問を持たれる原因のひとつには、いくつかの誤解があります。

 往々にしてペルソナは、リサーチから得られたユーザーニーズや現状の問題についての要点をまとめたもので、ユーザーがある製品やサービスについて「何を」「どのように」使用・体験したいかをまとめたもの、と捉えられがちです。もちろんその理解は間違ってはいないのですが、それだけではペルソナとして不十分なのです。

 ペルソナ(デザインペルソナ)の概念を体系化したアラン・クーパーは、「ペルソナは、文脈依存的(context-specific)なものであるべきだ」と言っています。文脈依存的というのは、その人の好き嫌いや、期待すること、ゴールだと考えることの背後にある理由などが絡み合って「そうでなくてはならない」状態が出来上がっているのかが描きだされている必要があるということです。つまり、ペルソナは「何を/どのように(What/How)」するかではなく、「なぜ(Why)」そうするのか、そう考えるのか、をわたしたちに語りかけるものでなければならないのです。

 それによって、わたしたちはペルソナに対して理解や共感を超えた、深い「感情移入」をすることができます。この深い感情移入は、ペルソナについてまとめられたシートには書かれていないことも含め、何をしてあげることがそのペルソナにとっての真の幸せや喜びにつながるのか、アイデアを生み出すための源泉となってくれます。

 では、なぜコンテクスト(文脈)が重要なのかについて考えてみましょう。

ペルソナは流用できるか?…

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執筆=井登 友一

株式会社インフォバーン取締役副社長/デザイン・ストラテジスト。2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力し、関西の大学を中心に教鞭をとる。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了 博士(経営科学)。HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長。日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。

【T】

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