2016年後半は重要な選挙が目白押しです。7月10日は参議院選挙の投票日。現在、立候補者だけでなく安倍晋三首相ら政党のトップや幹部が、声をからして有権者に支持を求めています。続いて7月末には、東京都知事選挙が控えています。そして、少し先にはなりますが、11月に民主党ヒラリー・クリントンv.s.共和党ドナルド・トランプが対決する米国大統領選挙が行われます。
こうした選挙では、立候補者が政治公約を掲げ、その必要性を語り、実現に向けて全力を尽くすこと訴えます。しかし、中にはあまりにも都合の良い、実現可能性の低い公約ばかりを堂々と語っているケースも見られます。当選するために投票者を喜ばせることしか語らない、そんな候補者に問いたいのがリーダーとしての覚悟です。
この名言の出典となっている『三事忠告(さんじちゅうこく)』は中国元朝の名臣・張養浩(ちょうようこう)が政治の乱れを憂いてまとめたもので、人々を導いていく立場にある政治家や役人や裁判官が持つべき信念・道徳を記しています。
この名言の意味を詳しく説明しましょう。まず、「恨みに任じる」とは人からの恨みを甘んじて受け止めるという意味です。名声のみを求めて、非難を甘受しないのはリーダーとして正しい姿ではありません。
政治家や役人など民衆を指導する立場の者は、より大きく全体を見て、また時間軸としてもより長いスパンで将来を考えなくてはなりません。そして、自分の判断と考えが正しく、世の中のために最善だと思ったならば、たとえ人から恨みを買っても甘んじて受け止め、それを断行しなければならないということです。
続く「謗りを分かつ」は、同志の受ける謗りを分担するという意味です。苦労を共にするということにもつながります。志を同じにする仲間が批判や中傷にさらされ、苦労しているならば、非難をともに受け、苦労を分かち合いなさいというわけです。
この『三事忠告』は、日本では、戦後の歴代首相の指南役といわれた漢学者の安岡正篤(やすおかまさひろ)さんが訳注・改題して出版した『為政三部書(いせいさんぶしょ)』の名で知られています。安岡さんはこの名言のエッセンスを抽出し、「任怨分謗(にんえんぶんぼう)」として多くの政財界のリーダーに説いていました。
この言葉をよく揮毫(きごう)していたとされているのが大平正芳元首相です。大平元首相といえば、消費税の導入を掲げて選挙を戦い大敗したことで知られています。大平元首相の頭には、有権者の支持は得られない(つまり恨みを買う)可能性はあっても日本の将来を考えれば、消費税は必要だという信念があったのでしょう。
こうした姿勢は、ビジネスでも必要です。なにか新しいことをしようとしたり、改革を断行しようとすると、厳しく批判されたり妨害されたりすることがあります。それを乗り越える覚悟がリーダーには求められるのです。
共に乗り越える同志をつくるのもリーダーの役割
今回の名言では「分謗」もポイントです。謗りを分かつべき同志の存在です。同じ『三事忠告』では、宰相の心得として次の2つを紹介しましょう。
必ず一身にして衆人の事を兼ねんと欲すれば、大聖大賢と雖も能くせざる所あり。(『三事忠告』)
(訳)どんな聖人や賢人でも、一人であらゆる能力を兼ね備えることはできない。だから衆知を集める必要があるのだ。
宰相の職は、賢を用うるより重きはなし。(『三事忠告』)
(訳)宰相の最も重要な仕事は、優れた人材を登用することである。
リーダーといえども、スーパーマンではありません。だから自分の理想を実行するには、志を同じくする同志の協力が必要です。トップの最も重要な仕事は優れた人材を見つけ出し、適材適所で活躍の場を与えることです。
こうした同志と共に働けば、たとえ一時は恨まれ、非難されるようなことでも、共に乗り越えることができるでしょう。舛添要一前都知事のように公私混同で非難を浴びるのは論外ですが、前述の大平元首相のように将来を憂い、リーダー生命を賭けた主張なら、非難が称賛に変わることも珍しくありません。これからの相次ぐ選挙で、候補者にリーダーとしての覚悟があるのか注目しましょう。