実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、クリーニング業界できっかけを得てビジネスを回復させた共生社の取り組みの続編です。クリーニングのタグというニッチな分野の技術革新にこだわった同社は耐洗紙を使ったメモの商品化がヒット。これをきっかけに再浮上するきっかけをつかんでいる。
「なすべき貢献は何であるかという問いに答えを出すには、三つの要素を考える必要がある。第一は、状況が何を求めているのかである。第二は、自己の強み、仕事の仕方、価値観からして、いかにして最大の貢献をなしうるかである。第三は、世のなかを変えるためには、いかなる成果を具体的にあげるべきかである」
(『P・F・ドラッカー 経営論』611ページ)
<解説>ドラッカー教授の「貢献」という言葉と出合って人生が変わったという経営者は多い。今回の主人公もその1人だ。この貢献について、3つのポイントを教授は指摘する。
まず「状況」だ。現実は厳しく、問題だらけに見えるかもしれない。しかし問題ばかりに目を向けていては、組織は餓死する。社会は常に変化し、それに伴い新しい機会が出現する。そこに目を向けることが、組織の生き残りには欠かせない。
次に「自己の強み、仕事の仕方、価値観」。特に人的資源の乏しい中小企業では、経営者自身の持ち味を生かすことが重要になる。
最後に挙げる「成果」は、利益を出すことではない。世の中に変化をもたらすことだという。利益では組織を方向づけられない。社会をより良い方向に変えている実感がメンバーを動かす鍵だ。こうして初めて、組織の1人ひとりが貢献について考えるようになる。
(ドラッカー学会理事=佐藤 等)
ドラッカーに学んだ先輩企業(15)「共生社」(後編)
一度は失敗した新製品。けれど、諦め切れなかった。
共生社(兵庫県尼崎市)の主力製品はクリーニングタグ。クリーニング店が衣類に識別用に付ける紙製のタグだ。2代目の槙野雅央社長が1999年に父の後を継いだ後、市場は縮小の一途をたどった。現状を打破しようとさまざまな新規事業に挑んだが、連戦連敗した。
転機は2013年。ドラッカーの勉強会に参加してはたと気付いた。新規事業は自社が蓄積してきた強みが生きるものでなくては成功しない。ドラッカーが強調するこの原理原則に、自分が手掛けてきた新規事業は反していた。
志は高いが売れない
そこで心機一転、取り組んだのが「ホチキスを使わないクリーニングタグ」の開発だった。
クリーニングタグは通常、ホチキスで留めるが、衣類に傷をつける恐れがあり、エコロジーの面でも問題がある。そこでタグに切れ目を入れ、端を差し込んで留める方法を考案し、特許を取得。「スマートエコタッグ」と名付けて、14年に発売した。
これこそ自社の強みが生きる新製品だと確信していた。競合他社の中でタグ専業は共生社だけ。タグそのものを改良するアプローチは自社ならではだ。ところが、クリーニング店のスタッフには「面倒臭い。ホチキスを使ったほうがラク」と不評。導入先を開拓できなかった。
思わず考え込んだ。ドラッカーによれば――
「イノベーションはつまるところ経済や社会を変えなければならない。それは、消費者、教師、農家、眼科手術医の行動に変化をもたらさなければならない」(『イノベーションと企業家精神』)
つまり真に革新的な商品はユーザーの行動を変えるという。この点、新しいタグはクリーニング店のスタッフの行動を変え、地球環境にも資するはず。これこそまさにイノベーションではないか。しかし、現実には売れない――。
文具のヒットが突破口に…
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槙野社長が思わず目を奪われたメモ用紙。企画・開発したハイモジモジ(東京都三鷹市)の松岡厚志代表にすぐコンタクトを取った[/caption]
突破口は思わぬ形で開けた。ドラッカーの勉強会に通っていた13年夏、大型雑貨店の「ロフト」で、ある商品に目を奪われた。
それは「Deng On(デングオン)」というメモ用紙(左上の写真)。キーボードの隙間に立てかけて同僚などに伝言を残せる。「これはめちゃくちゃ面白い!企画した人にぜひ会いたい」
すぐに調べて、東京の企画・開発会社に連絡。代表のプロデューサーと面会の約束を取り付けた。
実はずっと以前から、タグに使う紙で文具を開発したいと考えていた。クリーニングタグは洗濯する前に衣類に付けるので、「耐洗紙」と呼ばれる特殊な用紙を使う。他社では調達が難しいこの紙を、新規事業に活用したかった。マッチングイベントなどで何人かのデザイナーと話したが、いいアイデアはなかなか出ない。ロフトでユニークな文具に出合ったのは、そんな時期だった。
地元の兵庫から東京まで、企画会社の代表を訪ねていくと「耐洗紙には興味があった。何か一緒にやりましょう」と言う。こうして「TAGGED(タグド)」のブランド名で、一般消費者向けの商品開発に取り組むことが決まった。
第1弾として15年に発売したのが「TAGGED for Garden(タグド・フォー・ガーデン)」。植木などに取り付けるメモ用紙だ。耐水性のある紙の特徴が生きたのはもちろん、メモ用紙を巻き付ける仕組みは、ホチキス不要のクリーニングタグのために考案したもの。テレビや新聞で取り上げられ、大きな反響を呼んだ。
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一般消費者向け商品の第1弾「TAGGED for Garden」。耐洗紙の特徴を生かした、植木に取り付けられるメモ用紙(写真左)。テレビなどで紹介され、大きな反響を呼んだ。基本的な機構は、槙野社長の力作である「ホチキスを使わないクリーニングタグ」(右写真の左)と同じ[/caption]
第2弾は「TAGGED MEMO PAD(タグド・メモパッド)」。16年度のグッドデザイン賞を受賞し、話題となった。
タグドが注目され、社員の士気が上がった。ブランド力を上げようとFacebookでの情報発信が活発になった。それがきっかけで16年春、関東の中堅クリーニングチェーンの社長から問い合わせが入った。何と「スマートエコタッグを導入したい」と言う。
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耐洗紙を使ったメモ帳はグッドデザイン賞を受賞(賞状を持つのが槙野社長)。アウトドア向けに特化させた「TAGGED LIFE GEAR」(右写真)の拡販に力を入れる[/caption]
予期せぬ顧客が現れる
その社長はFacebookでタグドに注目し、共生社のスマートエコタッグの存在に気付いた。もともと新しい試みに積極的で「クリーニング店からホチキスをなくしたい」という槙野社長の考えにも共鳴してくれた。
「現場が面倒と嫌がるなら、手間を省く方法を考えましょう」。そんな提案から二人三脚で実験を重ねた。最終的にタグの形状の改良で課題を解決。今年秋に全面導入を予定している。
偶然の出会いに導かれ、3年越しの夢が一歩、実現に近づいた。
ただ、中堅チェーン1社の導入が決まっただけでは、業績押し上げの効果は小さい。タグドシリーズも、売り上げに限ってみれば、まだ会社全体の1%にも満たない。しかし、槙野社長はこの2つの挑戦に、かつてないやりがいを感じている。
ドラッカーのこんな言葉を思い起こす。
「強みを生かす者は仕事と自己実現を両立させる。自らの知識が組織の機会となるように働く。貢献に焦点を合わせることによって自らの価値を組織の成果に変える」(『経営者の条件』)
「『貢献』という発想は昔の自分にはなく、新鮮だった」と槙野社長は振り返る。「父が立ち上げた事業はこれまで、自分の生活を物質的に豊かにしてくれた。けれどこれからは、自ら創造した事業で心を豊かにしたい。社会に役立つ充実感があれば発想も広がる」。
父に改めて感謝するのは、財務基盤がしっかりした状態でバトンを渡してくれたこと。だから新規事業での試行錯誤も許された。
クリーニング市場の縮小は今も止まらない。現在の売上高は10億円弱。ピーク時の半分ほどだ。それでも、父から継いだ会社を価値あるものとして発展させるため、槙野社長は挑戦を続ける。
【あなたへの問い】
■過去に取り組んでうまくいかず、休眠させている企画を思い出してください。
■それらのうち、特に思い入れの強い企画はどれですか?
■その企画に今、再チャレンジするなら、どんな人や企業、組織と組みたいですか?
<解説>企業におけるさまざまな試行錯誤の成功率は、野球の打率より低いでしょう。なのに、一度うまくいかなかった企画についてしばしば、「二度と口にしない」という暗黙の了解ができてしまいます。もったいないことです。
自社のめざすものに合致するなら、しつこくチャレンジを続けてはどうでしょうか。状況は刻々と変化しますから、槙野社長のように意外なところから突破口が開けるかもしれません。特に社外に良いパートナーを得れば、思いもよらないチャンスが広がります。(Dサポート代表※ 清水祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵