メンバーを育成するポイントとして最後に紹介するのは議論の大切さです。リーダーの独断でなく、チームで問題を解決するアプローチを取らなければメンバーは成長しません。そのためには議論の場を設け、そこでは衝突を恐れないことが重要なのです。
プロジェクトが進む途中では、さまざまなトラブルが発生します。「必要なプロセスが漏れていた」「品質に問題があるモジュールがある」「システムを使う現場との認識のズレから大きな要件変更が発生した」などです。一見して似たようなトラブルだとしても、それぞれが固有の問題です。プロジェクトで発生するこれらの問題にいかに対処できるかが、現場リーダーとして試されます。
現場リーダーは、プロジェクトの成果物や作業の隅々にまで目が行き届いているわけではありません。メンバーにしか分からない状況がたくさんあります。問題が発生したときには、メンバーしか知らない事実が重要な役割を果たす場合も多いのです。
このアプローチを取っているのが、医療の世界です。医療の世界には「カンファレンス」という仕組みがあります。カンファレンスとは、それぞれの分野の専門医師が集まって、治療方針について検討する場をいいます。
カンファレンスは、複数の視点から患者について考え、治療の精度を高める役割を果たしています。「経験知」を伝える場としても重要です。経験豊富な医師が、若い医師や研修医に知恵を伝える場として機能しています。
[caption id="attachment_15797" align="aligncenter" width="380"]
図1:議論の場でメンバーを育成[/caption]
システム開発の現場でいえば、「レビュー」の場が似ているでしょう。レビューは「ダメ出しの場」ではなく、クリエーティブなプロセスです。同じように、プロジェクトで問題が起これば「この問題について話し合ってみよう」とチームに声をかけて、集まって議論すればいいのです(図1)。
議論するときのポイントは、(1)情報はすべて開示する(2)メンバーを「専門家」として扱う(3)双方向で話し合う、の3つです。
リーダーは職制上、自分しか知らない情報を持っています。しかし、話し合うテーマに対して自分が持っている情報をすべて開示しなければ、議論の質を高められません。自分しか知らない情報をもって「そんな解決方法じゃダメだよ。君たちは知らないだろうから教えてあげるけど…」といった態度はもっての外です。こんな態度を取っていたら、誰も議論に意味を見いだせなくなります。
メンバーの意見を引き出すためには、メンバーを「専門家」として扱うことです。各メンバーは自分の担当分野の専門家です。その分野や業務についてはリーダーよりも詳しいのです。リーダーはむしろ教えてもらうという姿勢が必要です。
気を付けるべきは「リーダーが一方的に話をしない」ことです。みんなで話し合おうと言いながら、結局はリーダーが1人でしゃべっているという光景をよく見かけます。リーダーが話すとメンバーが遠慮してしまうからです。その場合、リーダーは質問するようにしましょう。
議論の場では衝突を避けない
「パワハラ」というワードをよく聞くようになりました。そのせいか、部下を叱れるリーダーが減ってきたように感じます。
確かに、リーダーが権限を笠に着て、メンバーにつらく当たるのは許されません。しかし、「ダメなものはダメ」と言えなかったり、議論を避けたりするようでは、リーダーは務まりません。私の知る優秀なリーダーは、おしなべて部下との衝突を避けない人ばかりです。
メンバーと議論して意見を戦わせたり、衝突したりするのは、むしろ歓迎すべきことです。リーダーが本気で向き合うからこそ、衝突できるのです。衝突はメンバーに「本気度」を示します。衝突で生まれる信頼もあるのです。
ただし、後でまとめて言うことや、言いっ放しはいけません。指摘すべき点があっても「今度の面談のときに言おう」と考える人がいますが、これは逆効果になります。「なぜ、そのとき言ってくれなかったのか。言ってくれれば直したのに」と信頼関係を損なう可能性すらあります。議論するなら、その場で議論すべきです。
信頼関係があったとしても、叱られればメンバーは不安になったり、落ち込んだりするものです。「今度ばかりは見限られたかな」と心配になったりします。そんなときに「いい議論ができたな」「よく考えているんだな」とリーダーから言われれば、メンバーも安心するでしょう。そうなれば、次も遠慮なく意見を出せます。
これらの影響力は、相手を操作するために行使するものではありません。大切なのはテクニックではなく、「育ってほしい」という思いや、「期待している」という気持ちです。どんな方法であっても、こうした気持ちを表現するからこそ、それが影響力となって人を動かすのです。
まとめ
●リーダーとメンバーではモチベーションの源泉が異なる。
●リーダーとメンバーは相互依存の関係であることを理解する。
●報連相はリーダーのためにするものではない。
●影響力を発揮するリーダーは衝突を避けない。