「人が3人寄れば派閥ができる」といわれます。どんな組織にも派閥があり、政治があります。組織の本質は「相互依存性」です。自分の責務を果たすためには、誰かの協力を得る必要があるのです。成すべきことを成すために人を動かす。これが「政治」です(図1)。
ベンダーでも情報システム部門でも、プロジェクトマネジャーでも現場リーダーでも、政治から逃げていてはプロジェクトを成功に導けません。政治というと聞こえはよくありませんが、組織には必要なものなのです。
米スタンフォード大学ビジネススクール教授のジェフリー・フェファー氏は「影響力のマネジメント」(東洋経済新報社)の中で、物事を実行する方法として下記の3つを挙げています(図2)。これらはどれかを選択するのではなく、セットで必要なものです。
階層による権限とは、組織の階層、役職が持つ権限のことです。最も一般的で身近なものです。階層の権限が持つ影響力には限界があります。プロジェクトのさまざまなステークホルダーの中には、現場リーダー、場合によってはプロジェクトオーナーであっても、権限の及ばない人が多く含まれています。階層による権限だけでは、物事を前に進められないのです。
(2)共有されたビジョン、組織文化を育てる
物事を前に進めるもう1つの方法は、しっかりと共有されたビジョン、もしくは組織文化を育てることです。プロジェクトチームが同じ価値観、ビジョン、目標を共有していれば、それぞれの人が何をすべきか、どのように振る舞うべきかも共有されます。それぞれが同じ言葉を使って話せるのです。
しかし、このアプローチには時間が掛かります。プロジェクトには、明確な始まりと終わりが存在します。短いタイムスパンの中で、ビジョンを構築し組織文化を育てるのは簡単ではありません。それでも、プロジェクトでは成果を出さなければならないのです。
さらに、プロジェクトチームが、それまでの組織の価値観や文化とは異なることを推し進めようとしていたらどうでしょうか。情報システムの構築プロジェクトには、組織改革を伴うケースが多くあります。組織文化の変革を求めるようなプロジェクトでは、多くの場合、抵抗勢力が現れます。文化が根付いていればいるほど、プロジェクト進行の阻害要因となってしまうのです。
つまり、価値観やビジョンが全員同じ場合にも弊害はあるのです。そこで「政治」が必要になってきます。政治といえば、付いて回るのが「派閥」です。派閥とは「利害や考えを同じくする人たちの集まり」といえます(図3)。
組織に派閥がなく、メンバー全員が同じ価値観やビジョンを持っている状態を思い浮かべてみます。その価値観やビジョンが状況に合っているとき、機能しているときはいいでしょう。
しかし、その価値観が機能しなくなったとき、全員が同じ考え方しかできなければ、組織そのものの存在が危うくなります。異なる考え方を持つ人がいて、互いをけん制しつつ切磋琢磨(せっさたくま)するからこそ、組織は多様性を持ち、存続していけます。派閥とは多様性であり、多様性を許容するためには政治が必要なのです。
政治の定義を考えるとき、第95代内閣総理大臣を務めた野田佳彦氏の所信表明演説が参考になります。野田氏は政治を「相反する利害や価値観を調整しながら、粘り強く現実的な解決策を導き出す営み」と定義しました。これは、まさに現場リーダーが、日々ステークホルダーと行っている調整そのものです。
つまり、派閥や政治そのものが悪いわけではなく、「成果を生み出す」ことを忘れて、派閥闘争や政治が目的化してしまうことが問題なのです。現場リーダーは、プロジェクトを成功に導き、顧客や組織に成果をもたらすために、粘り強く現実的な解決策を導き出さなければなりません。
(3)パワーと影響力の行使
組織で物事を進める3つ目のアプローチが「パワーと影響力の行使」です。階層による権限がなくても、パワーと影響力は行使できます。この考え方は、次節「権限なしで影響力を発揮する」で紹介する、アラン・R・コーエン氏とデビッド・L・ブラッドフォード氏の「Influence without authority(権限を伴わない影響力)」に通じるものがあります。
前述したジェフリー・フェファー氏は、パワーと影響力を次のように定義しています(図4)。
パワー:行動に影響し、出来事の流れを変え、抵抗を乗り越え、これがなければ動かない人々に物事を実行させる潜在的能力
影響力:パワーを活用し、実現することからなるプロセス
そしてパワーと影響力を行使して物事を進める実行プロセスを以下の7段階として定義しています。
- [1]あなたの目標は何か、あなたが何を目標としているのかを決めよ
- [2]依存と相互関係のパターンを診断せよ。あなたの目標を達成する際に影響力がある人物は誰なのか
- [3]そうした人たちの見方はどうなりそうか。あなたが行おうとしていることについて、彼らはどう思うだろうか
- [4]彼らのパワーの基盤は何か。彼らの決定については誰の影響力が強いのか
- [5]その人のパワーと影響力の基盤は何か。置かれている状況をよりコントロールできるようになるために、あなたがつくり出せる影響力の基盤は何か
- [6]パワー行使のための多種多様な戦略と戦術の中で、あなたが向き合う状況に最も適切で効果的だと考えられるものはどれか
- [7]以上の(1)~(6)に基づき、物事を実行するための具体的な行動シナリオを選択せよ
このプロセスにおける重要なポイントは、次回で紹介します。