プロジェクトの成否は、「現場で人をいかに動かせるか」にかかっています。人を動かすには、相手が重視する価値を見つけて提供する「価値の交換」が必要となります。リーダーには、そのために使える「カレンシー」を探してためる努力が求められます。
現場リーダーは、非常に大きな「果たすべき責任」を抱えています。プロジェクトを成功に導くには、プロジェクトメンバーだけでなく、関連部署や上司、経営層などあらゆる方面への働きかけが必要となります。にもかかわらず、現場リーダーには十分な権限が持たされてないことがほとんどです。さまざまなステークホルダーの間に立ち、利害を調整しながらプロジェクトを成功に導かなければならない――。こうした制約条件の下で、成果が求められる現場リーダーにとって必要不可欠な力が「影響力」です。
プロジェクトに関係するステークホルダーの多くは、現場リーダーの権限が及ばない世界にいます。しかし、これら権限の及ばない人々から協力を得られなければ、プロジェクトの成功は期待できません。プロジェクトは、ステークホルダーを含む周囲からの協力があって初めて成立するものだからです。例えば、現場リーダーは次のような状況にしばしば直面します。
このような状況は、現場リーダーが一人でいくら頑張っても打開できません。「人を動かす」必要があります。この人を動かす力が影響力です。持たされている権限と不釣り合いに大きな責任を負っている現場リーダーが、難しい立場にいるのは確かです。
しかし、同じ制約条件下でも、プロジェクトを着実に成功に導けるリーダーと、権限がないことを言い訳にしてプロジェクトを成功に導けないリーダーがいます。この違いはどこからくるのでしょうか。
実は、権限とは影響力の一部に過ぎません。権限がなくても影響力を持つことは可能です。これをアラン・R・コーエン氏とデビッド・L・ブラッドフォード氏は著書「影響力の法則―現代組織を生き抜くバイブル」のなかで「Influence without authority(権限を伴わない影響力)」と表現しています。この権限を伴わない影響力の有無こそが、人を動せる現場リーダーになれるかどうかの分かれ目となります。
影響力を発揮することは「価値の交換」
まずは、「人を動かす」ということはどういうことか考えてみましょう。人を動かすコツは「自ら動きたくなるようにすること」です。では、どのようなときに人は自ら動きたくなるでしょうか。
例えば、誰かから何かを頼まれて、あなたが動かなければならないケースを考えましょう。気持ちよく動けるときと、そうでないときがあるはずです。上司から急に仕事を依頼されて、予定していなかった残業をしなければならないとします。このとき「仕事なんだから仕方ないだろ」と言われるのと、「急なお願いで申し訳ない。ありがとう、助かるよ」と言われるのとでは、気分が全く違うはずです。
上司の「申し訳ない」という謝罪の気持ちや「ありがとう」という感謝の気持ちが感じられれば、「だったら仕方ないな」と動こうと思うでしょう。これはつまり、「謝罪や感謝」と「残業」を交換していると見なせます。人は一般に、自分が大切だと思うものや価値を置くものが提供されたときに、代わりに何かを提供します。すなわち「価値の交換」です。人を動かせる人は、この価値の交換を意識的または無意識のうちに実践しています。
逆に言えば、価値の交換ができなければ人を動かすことは難しくなります。現場に立つリーダーは往々にして、「会社が求めている仕事」という認識を強く持ってプロジェクトを遂行しています。要するに「自分は正しいことをしている」という思いがあるわけです。このため、わざわざ価値の交換などしなくても、メンバーすべてが協力するべきだと考えがちです。
しかし、この考えが影響力の発揮を阻害する大きな要因となります。現場リーダーの役割はあくまでも「プロジェクトの成功」です。自分の正しさを主張することでも、人に認めさせることでもありません。メンバーを含むステークホルダーから協力を引き出し、自分の望む行動に導くには、まず自分の振る舞いを見直す必要があります。そのために役立つのが「影響力の発揮を阻む八つのアンチパターン」です(図1)。以下、順に見ていきましょう。
(1)相手を否定的に考える
例えば、要件変更についての打ち合わせで、メンバーが「この時期にそれはできません」と言ったとしましょう。リーダーは、ビジネス的メリットなどから対応すべきと考えており、この発言を聞いて「ビジネスが分かっていない」と思うかもしれません。問題は、一度こういうことがあると以後そのメンバーが何を言っても「できない/ したくない理由を挙げている」などと感じるようになることです。否定的な感情はどんどん増幅し、必ず相手にも伝わります。こんな状態で影響力を発揮することは難しいでしょう。
(2)目標があいまい
現場リーダーの使命はプロジェクトを成功に導くことです。そのためには、あらゆる手段を考える必要があります。しかし、個人的な感情に左右されてこの使命を忘れてしまうことがよくあります。
例えば、人員が足りない状況で、別のプロジェクトから引き抜く必要が出てきたとしましょう。ところが、引き抜きたい人が所属する別プロジェクトのリーダーは、あなたが反目する人物でした。このとき、素直に「彼をうちに欲しい」と頼めるでしょうか。「プロジェクトを成功させるために必要な人材を得る」という目標をしっかりと意識できていなければ、「あいつに頼むのは嫌だ」と個人的な感情に引っ張られてしまうでしょう。
(3)相手の世界を理解していない
人は住む世界や立場によって重視することが異なります。例えば、プロジェクトの先頭に立つ現場リーダーと、プロジェクトを進めるために協働する必要があるライン部門の人間は、同じ社内でも別の世界におり、重視することが異なります。ライン部門にプロジェクトの期限延長交渉を持ちかけたところ、取り付く島もなく拒否された。そんなとき「融通が利かない、こっちは毎日遅くまでやってるのに」などと愚痴をこぼしたくなるでしょう。しかし、ライン部門が重視するのが「ルール」や「慣習」であることを理解していれば、うまく交渉できていたかもしれません。
(4)相手が何に動くのか気付かない
人は、自分にとって大切なものは相手にとっても大切だと思い込みがちです。しかし、現実は異なります。仕事ぶりの評価を欲しがる人もいれば、プライベートな事情への理解を求める人もいます。人を動かすためには、「相手は何を求めているのか」を虚心坦懐(たんかい)に観察することが必要です。
(5)相手が価値を置くものを認めない
相手が大切だと思っていることを認めていないことはないでしょうか。現場リーダーは何よりも仕事優先かもしれませんが、メンバーはそうとは限りません。デール・カーネギー氏は名著「人を動かす」の中で「わたしはイチゴミルクが大好物だが、魚はどういうわけかミミズが好物だ。だから魚釣りをする場合、自分の好物のことは考えず、魚の好物のことを考える」と述べています。人を動かすには、自分ではなく相手が欲しいものを考える必要があります。
(6)自分が与えられる価値に気付いていない
価値の交換が人を動かすと聞いて、「自分は相手に与えられる価値など持っていない」と考えてしまうかもしれません。しかし、そんなことはありません。例えば、感謝の気持ちを表現したり、理解を示したりすることも立派な価値となります。
(7)人間関係に配慮しない、修復しようとしない
価値の交換の前提には、人間関係があります。人間関係が構築できていなければ、いくらメリットを訴えたところで相手は動きません。また、現場リーダーが陥りやすいのが「相手を操作しようとすること」です。「褒めておけば動くだろう」「謝っておけば納得するだろう」などと内心思ってもいないことを言っても、相手に間違いなく見抜かれます。これでは人を動かすことはできません。
(8)価値の交換の仕方を決めない、働きかけない
相手にどのような働きかけ方をするかによっても、価値の交換が成立するかどうかは変わってきます。例えば、依頼の出し方1つとってもそうです。納期の調整をしなければならないとしましょう。このとき、相手によっては「メールで報告するなんてけしからん」と思う人もいます。その場合は、まずは電話で一報を入れて謝罪した上で「近日中に伺って説明します」「詳細な状況は追ってメールします」といった対応が必要となるでしょう。