中小企業は多くの課題を抱えているが、その中でも特に経営者が悩むのは人事の問題だ。いかにいい人材を採用して、勤め続けてもらうか。そのポイントとなる人事評価について、中小企業向けクラウドサービスを提供するあしたのチームの高橋恭介社長に聞いた。第1回は人事評価の必要性を語ってもらった。
そもそも人事評価とは何か
人事の3大業務は「採用」「教育」「評価」。この中で、従業員の評価制度は企業と従業員をつなぐ根幹となるツールです。国家に当てはめて考えると、これは憲法に当たると思います。
企業の人事は、国の憲法です。人事評価のない企業は、憲法のない国と同じです。
かつての日本は終身雇用制でした。企業は1つの家、従業員同士は1つの家を支えあう家族のような存在でした。家族の中では、ハラスメントも何もありません。そんな家族のような日本型経営が崩壊し、今はパラダイムシフトが起きている時期です。
これまで家族だったのに急に家族ではなくなったので、法整備が遅れているのです。日本は先進国の中で労使の緊張感が最も低かった。だから、ここに来て意識の食い違いで問題が多発しているのです。
サービス残業、パワーハラスメント、過労死、ブラック企業……。人手不足が深刻化する中で、こうしたスタイルを続けていては経営が立ち行かなくなります。日本企業の実態に最も適する仕組みに作り直さなければならない、まさに過渡期です。
残業代が出る、出ないといった次元ではなく、評価制度がないだけでブラック企業予備軍といえると思います。評価制度があれば経営者と従業員が真剣に向き合います。向き合う世界にだまし合いはありません。優秀な人がどんどん辞めていく、従業員の遅刻が減らないなどの行動のウラには、トップの目には映らない、何らかのモチベーション低下の要因が積もっています。
これからの時代、従業員全体が納得して上を目指すという社風を形成しないと企業は生き延びていけません。そして大企業であっても、人事評価を紙のシートやエクセルで行っているところが多い。そんな重要なものなのに、なぜアナログで実施しなければならないのでしょう。…
あしたのチームでは紙やエクセルでの運用ではなく、クラウドベースでデータを構築して、分析し利用する仕組みに置き換えることを提案しています。人事の領域で重要データベースをクラウドに乗せるという方法が市民権を得たのは、2012年ぐらいからのことです。私が会社を設立し、営業活動を始めた2009年には、重要な人事データを外部サーバーにて運用するというやり方は、まだ受け入れ難いことでした。当時リスクは大きいと思いましたが、先行者利益を得るためにぶれずに継続してきたので今日があると感じています。
クラウドを使うメリット
クラウドを使うと、1つのデータベースに情報を格納できて、それぞれの項目に閲覧権限をセットできます。情報を1カ所に集約できる利点は、情報を立体的に捉えられることです。過去履歴の参照や、期中においても「目標設定」の練り直しや「中間レビュー」の面談内容などを集約できます。
エクセルや紙のシートに情報を流し込むと、情報のトレースがなかなかうまくいきません。一時しのぎの作成ツールとしてのみ使おうとしているという、企業側の姿勢が浮き彫りになります。中長期の人事戦略に沿った人材育成やマネジメントツールに使っていくからこそ、ある意味で「面倒臭い業務」が重要性を帯びていきます。これはエクセルや紙ではできないことです。従来の方法では、せっかく「面倒臭い作業」を行っているにもかかわらず、ほとんど意味がなくなってしまいます。
昇給昇格の査定や、年功制から成果主義に移行して表面的に評点をつけていくためだけに使うのであれば、エクセルや紙でも対応は可能です。
また、人事評価制度の構築については、外資系コンサルティング会社や大手銀行系の総合研究所がサービスを提供しています。ただ、そのコストは1社、約1000万~3000万円で、期間は1~2年というプロジェクトになります。基本的には納品して終了で、後は自社で運用することになります。もし運用面でのコンサルテーションが別途必要なら、年間でさらに1000万~2000万円が必要になります。この金額を中小・ベンチャー企業が負担することは難しいでしょう。
ですから、実は中小・ベンチャー企業こそクラウドベースの人事システムを導入する意義があります。例えば、私が以前、人事の仕組みづくりを全面的に担当した宝飾品販売会社では、週に1度、販売員が店長と面談し、その履歴をシステム内に残し続けました。3カ月で13回の面談を実施し、その履歴のエビデンスを基にトータルで評価し、その内容を基に新たな目標も設定していました。つまり、それほど中小・ベンチャー企業にとっては効果があるものなのです。
私たちはICTを使うことでノウハウを標準化させて、パッケージにしました。大手SI(システム開発)企業がこの領域に参入していないのは、顧客となる大手企業の評価査定の方法が100社なら100様だからです。大手企業に対してサービスを提供している大手SIには、ここをクラウド化して標準化することがなかなか難しいのです。
逆に、従業員数が数十名の中小・ベンチャー企業は、査定ツールだけでなく、人材育成、マネジメントツールとしても利用します。
もっといえば、会社が従業員を1人でも雇用すれば、きちんと目標設定をして何を頑張ればどう処遇が向上するかということを明示する必要があります。私たちのサービスを導入すれば、優秀な人材を増やせる魅力的な企業として成長していくことができると考えます。
人事のグーグルとして、採用に評価データを利用する
私たちは、人材紹介の事業も行っています。ただ、人材紹介事業だけをやっているのではなく、評価サービスの付加価値として提供しています。当社には「人事評価結果」のビッグデータがあるので「人事のグーグル」になれる可能性すらあると考えています。
というのは、これまでの人事評価のデータベースを駆使すれば、「採用するときにはこのスキルを持っている人材は勝ちパターン」「教育研修はこの内容が勝ちパターン」と分析することができます。人事評価のデータベースを使いこなすことで、人事戦略全体のマネジメントが可能です。将来は、そのデータ自体が利益を生み始めるということも期待できるでしょう。「人事評価にまつわるデータベース」をつかさどることで企業における人事戦略の根幹を握ることになるのです。私たちの評価のビッグデータが、新たな商材として世の中に付加価値を生み出すのではないかと楽しみにしています。
日経トップリーダー/森部好樹