(当時の朝日新聞の記事)
2019年8月8日付の朝日新聞に「ニセコで30億円申告漏れ・国税指摘・外国業者ら土地取引」というタイトルの記事が掲載されました。内容は、北海道・ニセコ地区の不動産取引をめぐり、国内外の不動産会社や外国人投資家らが、札幌国税局から総額約30億円の申告漏れを指摘され、約10件・合計6億数千万円の追徴課税が行われたというものでした。
この記事を読み、小職がまだ、東京国税局の国際調査関係の一部署の責任者をしていたときの調査事案を思い出しました。
朝日新聞に掲載された記事は、土地などの不動産を直接売買する取引が調査対象でしたが、小職が携わった事案は、ニセコに土地やホテル、スキー場などのリゾート施設を保有する日本法人の株式を外国法人同士で売買するというものでした。
日本に恒久的施設を有していない外国法人同士の株式売買
国際課税の大原則の1つとして「PE(恒久的施設:Permanent Establishment)なければ課税なし」というものがあります。これは、恒久的施設(いわゆる、支店・工場・営業所や代理人PEなど)が日本国内になければ、外国法人を含む非居住者は日本において課税を受けることはないという原則です。
小職が携わった事案も、オーストラリア法人と香港法人の間における日本法人株式の売買取引であり、両社とも日本にPEを有していないため、原則では課税の対象にならないことになります。
しかし、これには例外があり、非居住者が日本の不動産化体株式を譲渡する場合(その他に事業譲渡類似株式なども含む)は、その譲渡利益は日本で課税されるという規定が日本の税法にはあります(当事者の所在地国と日本の租税条約などの規定により、課税にならない場合もあります)。
不動産化体株式とは、不動産関連法人(総資産の50%以上を不動産が占める法人)が発行する株式のことをいい、不動産化体株式の譲渡により発生する譲渡益は非居住者(外国法人を含む)であっても、一定の要件を満たした場合に課税されることになります。
前述した外国法人同士の株式売買を把握したきっかけは、某マスコミ記事でした。記事の内容は、ニセコにリゾート施設を保有する法人の株式をオーストラリア法人と香港法人で売買したというもの。そこで小職の部署では当時、その課税の可能性を分析しました。
分析の結果、売買の対象となった法人の株式譲渡は、不動産化体株式もしくは事業譲渡株式の譲渡に該当する可能性があり、国内にPEのない非居住者であっても課税できる可能性があるという結論に達し、税務調査に着手することになりました。
外国法人に対する税務調査…
いざ、税務調査を実施するといっても、国内に何も存在しない外国法人ですので、税務調査は困難を極めました。
調査対象となったオーストラリア法人と接触するため、いろいろな連絡手段を試みましたが、(オーストラリア法人がすでに解散していたこともあり)なかなか接触できません。最終的には株式の譲受人である香港法人の関連会社が日本に存在する情報をキャッチしたことから、この関連法人を通じて、香港法人にオーストラリア法人との接触の仲介を依頼し、オーストラリア法人の大株主兼代表者であった人物との接触に成功しました。
その人物(以下、「A氏」という)は、ニセコに趣味のアイリッシュバーを経営している関係で定期的に来日すると判明したため、株式譲渡に関係する資料(株式購入時と売却時の価格交渉に係る資料や株主名簿・契約書および決済関係書類といった証票類など)を依頼し、来日時に資料を提示してもらう約束を取り付けました。
ようやくA氏と会えたので、携行してきた資料の内容を検討したところ、不動産化体株式の譲渡に伴い多額の譲渡益が発生している事実が確認されたため、A氏に対して日本の税法では、当該、株式譲渡益について、オーストラリア法人に対する課税が発生する旨を伝えました。
A氏はこれに理解を示し、国税局の更正処分を受け入れることで調査は終結しました(当時の国税局調査部では、期限後申告の慫慂(しょうよう)ではなく、更正処分がほとんどでした)。
税務調査後の懸念
このように税務調査は無事に終了しましたが、小職は次のような懸念を抱きました。
今回は、日本の会社の株式を直接売買しているため、マスコミ記事がなくても、日本法人の株主変更の情報などで、株式売買の事実を把握できましたが、もし、日本法人の株式を租税回避地などの法人(例えばB社とする)が保有しており、そのB社をさらに保有する外国法人がB社株式を他の外国法人に譲渡した場合、間接的に行った日本法人の株式譲渡に該当するものの、その情報を把握する手段があるのかという懸念です。
朝日新聞で報道された不動産取引の申告漏れは、あくまで不動産の登記情報を基に調査を行ったものであり、海外法人同士の株式譲渡の情報を把握する手段はほとんどありません。では、このような情報はどうすれば把握できるのでしょうか。その後、小職が抱えるテーマの1つになりました。
国際課税の分野は、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準であるCRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)を実施するなど、租税条約などに基づく国家間の租税情報の交換が活発となってきています。
しかしながら、租税条約などの情報交換規定を使う場合、税務当局が欲しい情報はピンポイントに相手国の税務当局に依頼するしか方法がありません。簡単に言うとCRSのような悉皆(しっかい)的な情報収集手段が少ないということです。
今後、さらなる国税当局同士の連携手段が確立し、あらゆる海外の情報が各国の税務当局間で共有される時代が来るかもしれません。それはそれで、恐ろしいと感じるのは小職だけでしょうか?
執筆=中山正幸
税理士 中山税理士事務所所長。(一社)租税調査研究会主任研究員
国際課税分野で、金融機関が行う先端的な取引の調査を行う。東京国税局調査第一部主任国際税務専門官、同部主任国際情報審理官、税務大学校専門教育部教授(国際担当)、東京国税局調査第一部外国法人調査第一部門統括国税調査官、島原税務署長。2015年退官。同年8月税理士登録。同年10月より(一社)租税調査研究会主任研究員。現在、税理士会をはじめ税理士向け研修講師など多数手がける。
監修=宮口貴志
株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役、TAXジャーナリスト、会計事務所ウオッチャーとして活動。一般社団法人租税調査研究会常務理事。元税金専門紙・税理士業界紙の編集長。