コインを入れて、レバーをガチャッと回すと、カプセルに入った景品が出てくる「ガチャガチャ」(ガシャポン、カプセルトイ)。ゴロッと出てきたカプセルを手にし、「何が出てくるのか……?」と、駄菓子屋の一角で胸を高鳴らせた経験を持つ人は多いでしょう。
しかし、ガチャガチャは“懐かしの一品”ではなく、今でもビジネスの現場で活躍する現役のヒット商品です。その市場規模は300億円を超えるほど成長しています(一般社団法人日本玩具協会調べ)。
なぜガチャガチャはここまで大きな市場に成長したのでしょうか?その歴史をひもときます。
置いておくだけで稼げるスグレモノ
ガチャガチャはもともと、ガムやキャンディーを販売する機械として、1960年代に米国から輸入されました。コインを入れ、レバーを回すことで、球体のガムやキャンディーが出てくるというシンプルな構造でした。全国に普及するにつれ、球体のカプセルの中に玩具を入れるという発展を遂げます。
最も爆発的な人気を呼んだのが、漫画「キン肉マン」の人気キャラクターをかたどった消しゴムをカプセルの中に入れた「キンケシ」です。1983年から発売されたキンケシは社会的な大ブームとなり、現在まで累計1億8000万個が販売されたといいます。こうしたブームの中で、ガチャガチャは日本文化の中に、着実に根を下ろしました。
なぜガチャガチャが日本で普及したのか。その理由の1つに、コスト面の優秀さが挙げられます。一度設置すれば、後は朝晩関係なしに稼働し、文句を言うこともありません。もちろん初期投資費用は必要ですが、大した値段ではありません。ジュースの自動販売機のように、光熱費やメンテナンス料もいりません。残り少なくなったカプセルを補充するだけで運用できます。もちろん、店番をする人件費も発生しません。ガチャガチャ普及の大きな理由の1つに、「投資リスクの低さ」があるといえるでしょう。
コストと大きさの制約が「とがった商品」を生む…
投資リスクの低さに加え、「商品力」がシビアに判断されるのもガチャガチャの特徴です。ガチャガチャは「景品を小さなカプセルに入れる」「1回当たりの料金は数百円」という、大きさとお金という2重の制約があります。チープでありつつも、誰もが欲しがるものを考え出さねばなりません。「いかに優れた付加価値を与えるか」が勝負の決め手となるわけです。
この商品力が最も発揮されたガチャガチャ景品の1つが、奇譚クラブという玩具メーカーが手がけた「コップのフチ子」シリーズです。2012年に発売されたOL姿の人形は、コップのふちに付けるアクセサリーとして、大人にも大ヒットしました。販売数はシリーズ累計で700万個を超え、写真集やイベントまで開催されるほどの人気となりました。
コストや大きさの制限があるからこそ、逆に普通の玩具メーカーからは出てこない特徴的な商品も生まれる。これこそが、ガチャガチャの魅力といえるでしょう。
景品ではなく、ガチャガチャという「経験」に対価を払う
ガチャガチャはまた、「商品は売り方によって差が出る」というビジネスの本質を、身をもって分からせてくれるツールでもあります。
ガチャガチャは望み通りの商品が出てくるわけではありません。例えばコップのフチ子には、1シリーズ当たり約7パターンのデザインが用意されています。全パターンをそろえるのは簡単ではありません。同じデザインがカブることもしばしばあります。そのため、散々お金をつぎこんだ後で「普通に買ったほうがマシなのでは?」「この商品にここまでお金を使う必要があったのか」と冷静になることもあります。
これは、縁日の屋台でお金をはたいてしまうのと同じ原理です。われわれは、景品を買っているのではなく、ガチャガチャという「経験」にお金を使っているのです。
経済の世界には、経営コンサルタントのB・J・パインII氏とJ・H・ギルモア氏が提唱した体験経済という概念があります。これは「商売の本質は、物ではなく体験を売っている」という考え方で、原価1セントのコーヒーも、高級カフェでは5ドルで売れるのがその最たる例です。
体験は私たちを強く引き付けます。ガチャガチャを回すときには、スリルと興奮、幸運への期待があります。そのため、たとえガチャガチャで人気の景品を、店頭で販売したとしても、必ず売れるというものではありません。キンケシも、あくまでコレクション欲とガチャガチャが組み合わさり、「どのキャラクターが出るか?」というワクワク感を付加したからこその大ヒットなのです。
「ガチャガチャ」でコモディティー化した価値を見直すべし
ガチャガチャはとかく子ども向けと扱われがちですが、実際にビジネスに有効活用している例は数多くあります。
例えば某高級ブランドは、「靴ひも」をガチャガチャで販売するスタイルを採用しています。東京国立博物館でも、埴輪(はにわ)、青銅器などの「考古学コレクション」をガチャガチャの景品とし、人気を呼んでいます。最近では、空港に設置されたガチャガチャを、外国人旅行客が利用しているニュースも話題となりました。帰国の際に余った小銭が利用されているのです。
ゲーム業界でも、ゲーム中のくじ引きを「ガチャ」と呼ぶことが一般化しています。「○万円課金して、やっとレアなキャラクターをGETした」といった現実のガチャガチャと同様のビジネスが、ゲームの世界の中でも展開されているのです。
ガチャガチャは単なる子どもの遊びではありません。世界中の人々が熱狂するビジネスモデルの1つなのです。あらゆるものがコモディティー化し、付加価値の重要さが叫ばれる昨今、ガチャガチャに秘められた可能性を、改めて見直してみてはいかがでしょうか。