ところがこの年代こそ、これまでの人生に葛藤し、将来の人生設計に不安を覚えるなどが多くなります。うつなどの不安定な精神状態になる「ミドルエイジ・クライシス」に注意すべきといわれています。
また子どもから大人へという成長段階で葛藤が生じ、精神状態が不安定になる思春期に倣って、ミドルエイジ・クライシスは「第二の思春期」や「思秋期」とも呼ばれています。他にも心理学者のユングが「人生の正午」と名付け、老後に向かう前に自分の人生を振り返る折り返し地点と表現しています。
かつてこの年代は、働き盛りや熟年などと呼ばれ、仕事・プライベートとも心身が充実するため、人生の最盛期であると広く認識されていました。ところが、1970年代に発達心理学や臨床心理学の研究が進むと、この年代に特有の症状があると解明されたのです。
なぜ中年にミドルエイジ・クライシスが訪れるのかといえば、中年になると人生経験を積んで仕事や生活が安定する一方、責任ある立場を任せられるようになり、重要な決断を下す機会が増加します。そのプレッシャーを過度に受け止めてしまうと、自分の人生に疑念が生じたり、将来に不安を感じたりして、精神状態が不安定になると考えられています。具体的には以下のうちのいくつかが、ミドルエイジ・クライシスを起こす要因とされています。
まずは精神年齢と肉体年齢の乖離(かいり)です。肉体は運動機能や体力の衰えが始まるにもかかわらず、気持ちの面ではまだ若いと思い込んでいます。そのため精神年齢と肉体年齢に乖離が生じます。
例えば若い頃の感覚で残業や徹夜をした結果、思った以上に疲労から回復できずに戸惑ったり、子どもの運動会で走った際、足が着いていかずに転倒して動揺を引き起こしたりします。あるいは、鏡を見て、頬のたるみや頭髪の白髪・毛髪量の減少などの変化に気付き、がくぜんとするのです。
次に家族関係の変化です。子どもの就学や思春期といった成長に伴い、親子だけでなく夫婦関係にも変化が生じる場合があります。また、親の介護が始まるのも重要な変化です。
子どもの進学による教育費の増加、マイホームのローン、 老後資金の準備など、経済的な負担と不安もこの頃に到来します。それに対して自分の収入が思うように増えないと感じたり、育児や介護などで仕事を制限する必要があったりした場合、復帰したときに仕事内容や条件面が希望通りにならないなどから、今までの人生設計が狂う危機感を募らせてしまいます。
仕事上の立場が変化し、未来像も予測可能に
仕事では、同年代の間でも、地位や収入の差が生じてきます。また仕事の責任や、上司と部下の板挟みになるジレンマも増えます。さらに、これまでの実績から自分の将来像が想像できるようになります。
その結果、自分が本当にやりたかったのは何だったのか、他に進むべき道があったのではないか、などと仕事に疑問を持ち始めます。
体の内側でも変化が進んでいる
家族、仕事だけでなく肉体面でも、ホルモンバランスが崩れるなどの変化が起き始めます。中年になって分泌量が下がるホルモンの1つに、セロトニンがあります。その働きから「幸せホルモン」と呼ばれます。分泌量が減少すると、うつ状態に陥りやすくなると考えられています。
セロトニンは脳の神経伝達物質でさまざまな生理機能に関与するほか、ドーパミンやノルアドレナリンなどを制御して精神を安定させます。また、消化器系や心血管系、食欲、睡眠などにも働きかけるため、体調の悪化を改善する効果があるとされています。
このセロトニンの分泌が減少すると思考力低下、ネガティブ思考への傾斜、社会性の低下などが起こりやすくなります。さらに女性の場合は、女性ホルモンであるエストロゲンも減少し、それが更年期障害を引き起こすとされています。
ミドルエイジ・クライシスを想定内に
原因が仕事、プライベート、肉体と多岐にわたるため、ミドルエイジ・クライシスを乗り切るのは容易ではありません。しかし事前にミドルエイジ・クライシスになりやすい時期が到来するのを想定し、さまざまなことを自分から見直してみるのも予防になるでしょう。
例えば健康面では、生活習慣や定期検診の結果に注意を払います。また、原因であるセロトニンの減少を補う食生活として、セロトニンの材料となる必須アミノ酸の1つトリプトファンが含まれる大豆食品や、ナッツ類、乳製品などを意識して摂取することも対策になるでしょう。他にも、規則正しい起床と朝日を浴びるなどで体内時計を毎日リセットすることも、セロトニンの分泌を促してくれるそうです。
仕事面では同年代との差よりも、自分の努力を思い出しましょう。仕事上のストレスの原因が、人間関係なのか業務内容なのかを分析し、改善できるかどうかを検討します。将来の展望では、現状を改善するためのスキルアップや人脈づくりの計画などが、努力している気持ちの裏付けになります。
子どもの成長に伴う夫婦関係の変化については、共通の楽しみや趣味を見つけるなど、コミュニケーションの取り方を変えてみましょう。また、親の介護や、死後に生じる問題を想定するなどの準備をしましょう。
ユングは、人生の半ばを過ぎれば「正常なこと」と
思春期や5月病のように現実と理想のギャップに苦悩する時期が、人生には数回あるといわれています。ユングも「自分自身と世界などの両義性(ある概念や言葉に、相反する2つの意味や解釈が含まれていること)を知るのは重要で、疑うことは知恵の始まり」と述べています。人生に対して、深刻な疑いを持つのは、人生の半ばを過ぎれば正常だとしています。
その後の人生を見つめ直す重要な時期だからこそ、ミドルエイジ・クライシスは内面から沸き起こってくるのです。それに飲み込まれたり、目をそらしたりするのではなく、冷静に乗り切れるかどうかが、その後の人生を左右します。そのためにも知識の習得と心構えが大切といえます。