JRA(日本中央競馬会)の騎手である武豊氏は、1987年に17歳でデビューして、新人最多勝記録を塗り替えると、翌年には史上最年少(19歳1カ月)でJRA通算100勝達成。以降、破竹の勢いで活躍を続け、史上最速・最年少(26歳4カ月)で通算1000勝を達成した。2007年7月には通算2944勝に到達し、岡部幸雄元騎手が保持していた最多勝記録を更新して以降前人未到の通算勝利を積み重ね、2018年9月29日には4000勝を達成している。なぜ、ここまで勝ちを積み上げることができるのか。
多くの関係者がいる競馬、制約の中で戦う騎手
競馬とは、騎手が競走馬を走らせて着順を競うスポーツだ。レースに勝利した際は騎手・競走馬はもちろん馬主や厩舎などの関係者もたたえられるという特徴がある。
馬主が資金を提供し、生産者が強い競走馬を生み出し、調教師が磨きを掛ける。騎手がレース当日の枠順、展開、競走馬の調子、レース当日の天候、馬上の状態などさまざまな要素を冷静に分析し、想定を重ねて答えを導き出し、競走馬を走らせて勝利する。このすべてが競馬である。
多くの関係者が存在する競馬において、騎手が勝つために重要なことの1つは、強い競走馬の馬主から騎乗オファーを受けることだ。しかし、常にそれが実現するとは限らない。武氏も一番能力のある競走馬ではなく、能力の劣る競走馬に騎乗する場合もある。
それでも武氏は勝つ可能性を徹底的に模索する。例えば相手の不得手を突く、あるいは得手を封じるといった騎乗プランを実行すれば、チャンスが訪れると考えている。彼の著書では、自分や、騎乗する競走馬が120%の力を出せるようなレース展開をシミュレーションし、レースに挑んでいると述べている。
どんなに不利なレースでも、勝てる展開はある…
実際に、武氏の実力を持ってしても負けるだろうと予想されていた競走馬で勝利したレースとしては、1989年の「天皇賞・秋」がある。武氏のパートナーはスーパークリーク。一番人気は、絶頂期にあったオグリキャップだった。武氏はスーパークリークで、どうやったらオグリキャップに勝てるかを、あらゆるパターンを想定し、考え抜いた。
そしてたどり着いた戦略は「オグリキャップの爆発的な猛追をしかけるタイミングを遅らせる」ことだった。これを実現するには、レース中にオグリキャップの前を走る必要があった。ところが運にも見放され、武氏とスーパークリークは外枠が不利といわれる東京競馬場の芝2000mのレースで、大外からのスタートとなり、前に出にくくなってしまったのだ。
それでも武氏は諦めず、スーパークリークのスタートのうまさを生かせば前に出られると信じ、完璧な騎乗を心がけた。その結果、思い描いた通りのレース展開が実現し、最後はクビ差でしのぎ切り勝利を収めた。
その1年後の1990年「有馬記念」では、武氏はかつて負かしたオグリキャップに騎乗。周囲の予想は、ラストランを迎えるオグリキャップの力では勝てる見込みはなかった。勝てる可能性が残っているとすれば、レース前半がスローペースになること。それでもわずかな可能性しかなかったと武氏は振り返る。ところが、実際にそうした展開に恵まれ、「今にも切れそうな糸をそっとたぐり寄せるよう」な絶妙のテクニックで、オグリキャップに有終の美をお膳立てすることに成功したのである。
不利な状況でも勝つために全力を尽くす
騎手が競走馬や天候、レース展開を選べないように、ビジネスシーンではさまざまな制約やしがらみに遭遇する。武氏の勝負に懸ける準備から学べるのは、そうした環境を受け入れた上で全力を尽くし、最高の結果を出すことの大切さだ。競合企業の製品やサービスに総合力で劣っていたとしても、自社の製品やサービスの特徴を突き詰め、その良さを引き出して戦略を立てることで勝機を見いだせる可能性は少し上昇する。
とはいえ、必死に取り組んでも、競合に負けることも往々にしてある。武氏の著書を読むと、それでも自分の信じたことを貫くことのほうが、長い目で見れば多くの成果につながるに違いないと感じさせてくれる。
不利な制約や条件があれば、それを理由に諦めたり、全力を尽くさない言い訳にしたりしたくなるものだ。しかし、常に勝つためにはどうすればよいのかを考え尽くし、わずかな可能性に懸けるのが武氏の流儀だ。単なる精神論ではなく、それがどんなに細い糸であったとしても、勝てる可能性が見いだせれば、それを実現するために力を惜しまない。それが、勝ちを積み上げられる秘訣なのだ。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2018年10月9日)のものです
【参考書籍】
武豊『武豊インタビュー集戴冠』広済堂出版
武豊『武豊インタビュー集 2 美技』広済堂出版
武豊『武豊インタビュー集 3 躍動』広済堂出版
武豊『「勝つ」ための思考法 -勝負師の極意 続-』双葉社
武豊『勝負師の極意』双葉社
武豊『武豊インタビュー集スペシャル 名馬篇』廣済堂出版
武豊『武豊インタビュー集スペシャル 勝負篇』廣済堂出版
武豊『武豊のこの馬にきいた!』オーシャンライフ