2016年6月、父である森章氏から事業を承継し、森トラストの3代目社長となった。不動産業界大手では珍しい女性経営者は、5年後、10年後を見据えて指揮を執る。トップダウンからボトムアップへと社員の意識改革に乗り出した。(聞き手は、日経トップリーダー前編集長 伊藤暢人)
伊達:トップやリーダーというと、単に引っ張っていくイメージをされる方も多いと思います。私自身、それはむしろ一番簡単な方法なのではないかと思っているんです。社長がAと言えば、社員はAをすればいい。こうした経営は短期的には効果が上がるのですが、一方で、トップ1人の判断に頼らざるを得ないため、リスクが高く、生産性が下がるケースもある。
つまり、究極的には、経営者がいなくても回る環境をどうつくり、増やしていくかだと思っています。過去5年間ほど、ホテル・リゾート事業のトップとしてこれに取り組みました。結果、70%の時間を割いていたところを10%で勝手に進化してくれるようになりました。
もちろんどこかでトップが判断しなければならないし、場合によっては、スピード感が必要です。時には、やはりファミリービジネスだからこそできるような決定をする瞬間もあるでしょう。
──ファミリービジネスとしての強みに加え、ボトムアップの力を備えていくわけですね。森トラストの社員には、どんな言葉で方針を伝えましたか。
伊達:就任直後の意思表明の場で「私も相当頑張りますから、皆さんも自分で考え、企画し、実行する力を身に付けてください」と言いました。
理想としているのは、これら3つの力を備え、外部や内部の環境の変化に柔軟に対応し、さまざまな手法の中から、時に慎重に、時に素早く、考え抜かれた選択ができること。
これができれば、従来のルールを変えようという判断でも任せられるようになる。こうした環境づくりを強化していこうと考えています。
──そのために変えた仕組みはありますか。
伊達:社長就任後に、社員全員に「自分の所属部署の課題を書いてください」と宿題を出しました。今、私のところに全てが届いていて、返事のメールを一生懸命書いています。皆に新しい取り組みを伝え、トップが言って変えるというのではなく、「社員が変えなければと考えていることに対して、短期間で一緒に頑張りましょう」と呼びかけたいと思っています。
社員が提出した課題の内容は教えられませんが、確かにどうしても受け身になりがちなところがあったのかもしれません。
ですから、ある種これまでの習慣というか、意識の面も含めて体質を改善しようとしています。これから、不動産事業でも相当投資を進めていきますので、かなり忙しくなる。生産性を上げることは急務です。
1つのことを実行して、1つ価値が上がるのでは面白くありません。1を10にしたい。その先の価値にどうつながるかまで考えた行動を社員にしてもらえるようになることが、生産性の向上だと思っています。
──今後、積極的に投資するわけですが、投資先についてはいかに判断していますか。
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2020年、東京・虎の門に完成予定の「東京ワールドゲート 虎ノ門トラストタワー」は国際的なビジネス拠点をめざす[/caption]
伊達:投資はあくまで将来価値を生み出すためにあるので、タイミングを計ることが大切です。東京オリンピックの後には、必ず何かが起きるだろうというのは誰もが分かっている状態ですし、あくまでも2020年は通過点でしかありません。
世の中で拡大ムードが過熱している時には、間違ったロケーションに出てしまったり、間違った構成で作ってしまったり、無駄に高価なものを買ってしまったりしがちです。
もちろん今後、積極的に都市にも地方にも投資しますが、「ロケーション」「建物の質とバランスがマーケットに合っていること」かつ「オペレーターがいい」、この3つがそろっていることが条件ですね。
小さな実績を積み上げ周囲にも認められた
──ところで伊達さんは、後継者になることをずっと意識してこられたのでしょうか。
伊達:継ぐというプレッシャーを感じるよりも、森トラストに入社した頃から、将来こういうことをしたいな、そのためにはいつ何をすればいいのだろうと考えてきました。ホテル事業に携わる10年ほど前からです。
もちろん、当時は自分にはその役割は与えられていない。自分が担う環境にどうやって持って行こうかと、今はここまで、次はあそこまで……と目標を立ててきた感じです。20代、30代と、結構大変な思いをしましたが、やはり仕事が好きでした。
オーナー企業ですから、勝手に騒いでいれば周囲は多少は聞いてくれます。でも、それではどうしても中途半端。実績がない人に対しては、どんな役職が付いても、周りが動かない。ですから、どんな小さな実績でもいいから積み上げるようにしました。
実績が見え、評価されると、また一緒にやろうと思ってくれる人が増えるという流れが、ホテル事業で築けた気がします。ホテルの現場では、自らキッチンにも入り、調理が出したものに対して良い悪いをハッキリ伝えました。そうなると相手も真剣に聞き、それを乗り越えてやろうと挑んできてくれるから面白い。対等でありつつ、同じ目標を達成したときの彼らのうれしい顔を見る瞬間が、私自身、何よりもうれしいのです。
──事業を承継する経営者や後継者には何が必要だと思いますか。
伊達:誰かに事業を承継させたいと思う立場にいるのなら、その相手に基礎力を付けさせる以外はないと思います。経営において、答えありきのものはない。考える力や、言語、数学的な基礎知識を付けさせる。後は忍耐力、精神力、そして体力が必要です。これらが身に付く指導教育ができることが望ましいのではないでしょうか。
先が見える人なんていませんから、誰もが不安です。後はそれを乗り越えられるようになるまで、本人が努力するしかない。私も常に自分との戦いです。
日経トップリーダー 構成/福島哉香
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年12月)のものです。