2024年10月から、車検に電子装置の検査「OBD(On-Board Diagnostics 車載式故障診断装置)」検査が追加された。対象は2021年10月以降の新型(フルモデルチェンジ)の乗用車、バス、トラック。輸入車は2022年10月以降の新型車で、検査開始は2025年10月以降の車検において実施される。
検査対象となる車は車検証の備考欄に「OBD検査対象」との記載がある。では、OBD検査とはどんなものなのだろうか。検査場・整備工場はもちろん、車検を依頼する企業の管理者や一般ユーザーも理解しておきたい。
電子装置の異常を記録する「OBD」
近年、自動ブレーキや自動車間距離制御などの自動運転技術の進化、普及が急速に進んでいるが、万一、故障した場合には誤動作による重大事故につながりかねない危険性がある。実際、上り坂を走行中、自動ブレーキが誤作動し、急減速したといった電子装置の不具合の事例が報告されている。原因は、自動ブレーキのレーダーセンサーの取り付け角度が設計値よりも下向きになっていたためだ。こうした電子装置の不具合は、従来の車検では検出できなかった。
OBDとは、エンジンやトランスミッションなどを制御する電子制御装置(ECU:Electronic Control Unit)内部に搭載される故障診断装置のことだ。ECUは、自動車が安全性能や環境性能を発揮するためにセンサーからの信号などに基づいて最適な制御を担う。万一、断線やセンサーの機能異常などの不具合が生じた場合、その情報をOBDに自動的に記録する仕組みになっている。
OBD検査の対象となる装置は、排出ガス等発散防止装置、運転支援技術(アンチブレーキシステム、横滑り防止装置、自動ブレーキ、ブレーキアシストシステム、車両接近通報装置)、自動運転技術などだ。OBDによる故障診断の結果、不具合があると判断した場合、ECUに故障コード(DTC:Diagnostic Trouble Code)を記録する。
このDTCは対象のシステム・装置や故障内容に応じてコードが定義され、国際標準規格などで規格化されている。自動車メーカーなどは故障コードの読み取りに必要な技術情報(ECU情報)および保安基準不適合の故障コード(特定DTC)を独立行政法人自動車技術総合機構に提出する。同機構で一元管理し、全国の検査場・整備工場へ無償で提供される。
検査用スキャンツールを使って故障コードを読み取る…
OBD検査の手順は次のようになる。検査用スキャンツールを自動車の診断器用コネクタ(OBDポート)に接続し、OBDに記録された故障コードを読み取る。この検査用スキャンツールは同機構が開発・提供する「特定DTC照会アプリ」をパソコンまたはタブレット端末にインストールして使う。
同アプリの機能は、自動車検査証のQRコードや電子車検証を読み取って検査車両を特定することや、検査対象車両のOBDポートを介してECUに接続し、記録された故障コードを読み取ることだ。そして、読み取ったDTCデータはインターネットを介して機構が管理するサーバーへ送信される。
機構サーバーはそのDTCデータと自動車メーカーから提出された特定DTCデータを照合。読み取ったDTCデータが特定DTCに該当するかを判定する。その判定結果は、検査を実施した検査場・整備工場の検査用スキャンツールに送信される。電子装置の故障が見つかった場合、修理しなければ車検に通ることができない。
検査用スキャンツールとOBDコネクタの接続は、アプリをインストールしたパソコンやタブレット端末と車両通信インターフェース「VCI(Vehicle Communication Interface)をつないでECUに接続する方法がある。検査場・整備工場内の検査用スキャンツールと車両および機構サーバーへつなぐインターネット接続の通信手段は有線でも無線でもよいとされている。
検査用スキャンツールと機構サーバーとの通信が成立しない事態も考えられる。例えば、機構サーバーが障害を起こしてアクセスできなかったり、自然災害や停電で広範囲にネットワーク障害が発生したりする可能性もゼロではない。また、検査場・整備工場のネットワーク障害により、機構サーバーに接続するインターネットアクセスができなくなる可能性もある。ネットワークの障害でOBD検査ができなくなる事態は避けなければならない。
安定性を考慮してビジネス向けWi-Fiを選択
OBD検査を行う検査場・整備工場のネットワーク環境を考えてみよう。有線でも無線でもよいとされているが、整備工場内で検査用スキャンツールなどの操作性を考えると配線が不要な無線通信、Wi-Fiが適しているといえるだろう。
しかし、電波が途切れてデータのやり取りがうまくできないようでは検査業務に支障を来すことになる。そこで、Wi-Fiの選択では安定性を考慮してビジネス向けWi-Fiを候補にしたい。オフィスと異なり、整備工場ではノイズを発する機器があるかもしれない。ノイズが原因で電波に影響を与えることもある。現在主流のWi-Fi6(IEE802.11ax)の無線アクセスポイント(無線AP)は2.4GHz帯と5GHz帯の周波数に対応。2.4GHz帯は障害物の影響を受けにくく、電波の届く範囲も長い。
一方、5GHz帯は障害物の影響を受けやすく、電波の届く範囲は短いものの、2.4GHz帯ほど使われていないこともあり、電波の干渉を受けにくいとされる。事前にノイズを発する機器の有無や、どの周波数帯を使い、どこに無線APを設置すれば効果的なのかなど、専門家に調査してもらう方法もある。
また、OBD検査を行う整備工場のWi-Fiのセキュリティ対策にも留意したい。整備工場の他、自動車のショールームなどを併設する場合、来訪者の出入りも多い。来訪者が利用するWi-Fiからのアクセス制限や、強固な暗号化機能、あらかじめMACアドレスを登録した端末のみ接続を許可するといったセキュリティ機能を備える無線APが望ましい。そして、Wi-Fiがつながらないといったトラブルに対し、事業者が遠隔操作で対応するサポートサービスを利用すれば、IT担当者を配置しにくい検査場・整備工場も安心して仕事が行えるだろう。
OBD検査は始まったばかりだ。検査を通じて自動車の電子制御装置が適切に機能するのと同様に、検査のネットワークインフラも適切なWi-Fi環境を選びたい。
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