「世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」(『雑説』)
「うちの会社には人材がいなくてね」。業界の集まりや取引先でこうぼやく経営者や管理職は少なくありません。中には、社内で社員たちを前に公言する社長もいるようです。
そんなトップやリーダーにガツンと一撃を加える名言を、唐代の文人・政治家である韓愈(かんゆ)が残しています。
「世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」(『雑説』)
(訳)世の中には伯楽がいてこそ、1日に千里も走る馬が存在する。千里の馬となる素質を持った馬は常に世の中に存在するが、伯楽は常にいるわけではない。
伯楽とは馬を見分ける名人のことです。その伯楽が能力の高い馬を見いだすから1日に千里もの距離を走る名馬が出現する。そうした馬はこの世にいつもいるけれども、名馬を見いだす伯楽は常にいるとは限らないというのです。…
この千里の馬を人材、そして伯楽を経営者に置き換えてみてください。人材がいないのではありません、むしろ優れた資質を持った人材は常にいて、その人材を発掘し育てる経営者やリーダーがいて初めて人材の価値が開花する。すなわち、経営者次第だというわけです。多くの企業に、能力がある社員が埋もれています。それを見抜けず人材として育てられないのは、経営者に見る目がなく、育てる力量がないからではないでしょうか。
もちろん、人を見いだすのは難しいのも事実です。韓愈も伯楽は常にいるわけではないといっているくらいです。多くの名経営者は、試行錯誤を繰り返し人材発掘に取り組んできました。
人物を見抜くだけでなくチャンスを与えて育てる
例えば、情報通信機器メーカー、ユニデンの創業者の藤本秀朗さんは、さまざまな機会を捉えて社員に質問を投げかけ会話をすることで、どんな素質を持っているかを見極めるようにしていたそうです。
ちょっとユニークなのは、自社の研修施設などでアルコールを飲みながらカラオケを歌わせることです。歌の上手下手を判断するのではありません。臆することなく歌っているかどうか、皆を楽しませているかどうかなど、その姿勢や態度を見て、リーダーに向いているか、素質があるかなどが分かるそうです。
伯楽には、人の素質を見抜くだけでなく、チャンスを与えて育てるという役割もあります。その面で経営者のヒントになる例がプロ野球にあります。南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也さんの選手活用法です。
野村監督は、素質を開花させられず埋もれかかった選手を再生させる名伯楽でした。必ずしも資金面では恵まれていないチームを強化するために、チーム内で伸び悩んでいた選手や、他球団で出場機会を与えられなかったり、戦力外になってしまったりした選手の可能性を見いだしたのです。
的確な助言に加え、起用法の変更などでチャンスを与え、眠っている能力を引き出して多くの選手を活躍させました。スポーツ新聞などでは、「野村再生工場」と書かれていたのをご記憶の方もいるでしょう。的確な助言と活躍の場さえ与えられれば、「名馬」となる人材は埋もれているのです。
中国古典の『礼記』には、「玉(たま)琢(みが)かざれば器(うつわ)を成さず」という名言があります。磨けば素晴らしい逸材になる材料であっても、磨かなかったらただの石ころとなってしまうという意味です。石ころにしか見えない素材が、その資質や才能を見いだし育ててあげる人物がいれば、光輝く逸材となるのです。
実際に社員がどんな素質を持っているのかを判断するのは本当に難しいものです。そして、社員にチャンスを与え、育てるのは勇気と辛抱が必要です。しかし、それが経営者の役割です。もう一度、自社の社員を見つめ直してください。