蒲生氏郷(がもう・うじさと、1556~1595年)という戦国武将をご存じですか。歴史ドラマなどに取り上げられることがあまりないので、メジャーとはいえないかもしれません。しかし、その生涯を見れば非常に学ぶべきところの多い魅力的な人物だとすぐ分かるでしょう。
幼少時から、その才能が織田信長の目にとまり、娘婿に迎えられています。本能寺の変の後は豊臣秀吉に仕え、ついには陸奥会津に92万石もの大領を与えられています。この時点で92万石は徳川、毛利に次ぐ規模で、上杉、前田をしのぐのですから出世ぶりは際立っています。しかも、これは秀吉が警戒していた伊達正宗への抑えの意味があるというのですから、能力を秀吉にも高く評価されていたことがうかがえます。
こうした華やかな経歴を持つ氏郷ですが、実はそのスタートは「人質」という厳しいものでした。氏郷の父、蒲生賢秀は近江・六角氏の重臣でした。信長との戦に敗れ、氏郷を人質として差し出して臣従することにしたのです。しかし、これが飛躍の契機となります。信長にその才を早くから認められるのです。多くの戦いで武功を上げて、前述の通り信長の娘婿となり織田氏を支えました。
氏郷は、信長・秀吉が見込んだだけあって非常に優れたリーダーでした。現在の経営にも通じるエピソードを紹介します。「氏郷風呂」の逸話です。
部下の心をガッチリとつかんだ「氏郷風呂」…
氏郷が若い頃の話です。生死をかけた戦いで手柄を立てた家臣がいたのですが、当時の財政事情は厳しくその功労に十分応えることができません。そこで氏郷は家臣を屋敷に招き、酒と風呂で労をねぎらうことにしました。当時の風呂は最高のもてなし。家臣が湯船に入っていると、外から湯加減を問う声がします。その声の主はなんと氏郷当人。竹筒で火を吹き、すすで顔を真っ黒にしながら薪をくべていたのです。
驚く家臣に対して、「お前は今度の合戦で見事な働きをしたが、十分な褒美を出してやれない。すまない、こんなことしかできないが許してくれ」と言ったのです。その言葉に家臣はむせび泣いたといいます。この話はまたたく間に家臣たちの間に広がり、家臣たちは自分もこの「蒲生風呂」に入れてもらおうと、いっそう氏郷のために働いたのでした。
この氏郷の部下に対する姿勢はビジネスパーソンにも大いに参考になります。ビジネスでは好調・不調の波は避けられません。儲かっているときはいいのですが、儲かっていなければ、部下や社員に報酬で報いることが難しくなります。中小企業では大企業のように十分な報酬を出せない事情もあるでしょう。また、地位で報いるのも限界があります。
それでもモチベーションを上げて頑張ってもらうには、上に立つ者の部下や社員を思う気持ちが大切です。何もお風呂で部下の背中を流せといっているわけではありません。重要なのは、部下や社員に「うれしい」と感じさせることができるかどうかです。
では、何をすればいいのか。その第一歩としてお勧めしたいのが、部下や社員の顔と名前を覚えて声をかけることです。上司や社長が自分の名前を呼び、気さくに話しかけてくれるだけで、部下はうれしく感じるのです。
実はこれ、ES(従業員満足)経営の基本にもつながります。ESを重視していた米GE(ゼネラル・エレクトリック)の元会長兼CEO、ジャック・ウェルチ氏も実践した方法です。日本でも北海道の有名菓子メーカーの六花亭製菓の社長は1000人以上の社員のほとんどの顔と名前を覚え、仕事ぶりにも気を配りよくほめているそうです。中小企業なら社員数も少なく、名前や顔も覚えやすいはずです。
この名前と顔を覚えることは人心掌握術の「王道」ともいわれます。しかも費用がかからない。まずは関係部署や自分のいるフロアなどから取り組んでみてはいかがでしょうか。