戦国武将は領土を拡大するため、あるいは防衛するために同盟関係や政略結婚、養子縁組などさまざまな策を用いました。しかし、その中心になっていたのはやはり合戦、戦(いくさ)です。自らの運命を左右する重大な要素である戦について、武将は多くの言葉を残しています。
人や組織は、モチベーションの持ち方によって発揮できる力が大きく変わってくるものです。戦国武将もこれを熟知していました。武田信玄の実弟であり、武田二十四将の1人として兄を支えた武田信繁は次のように言っています。「合戦が近くなったら、兵を荒っぽく扱え。兵はその怒りを戦いにつなげて、激しく戦うからである」。
さすがに、現代の企業ではスタッフを荒っぽく扱って、怒りをためるようなことははばかられるでしょう。しかし、達成感のある目標の設定やリワード(報酬)の提示などでモチベーションを高めることはできます。「大きなプロジェクトが近くなったら、まずスタッフのモチベーションを高めるようにしろ。スタッフはその意欲を勤務姿勢に昇華して一層熱心に取り組むようになるからだ」。現代のビジネスに即すと、信繁の言葉はこのように解釈できそうです。
意欲を高めるためとはいえ、何事も精神論に持っていくのは精神万能論に陥る可能性があって危険です。しかし、戦に臨む際には気の持ち方が重要であると天下人・豊臣秀吉は指摘しています。「負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし」。
もちろん秀吉も、勝つと思えば必ず勝つとは考えていなかったでしょう。ただ、人間はイメージに大きく左右される側面があります。負けるイメージを持っていると、そのイメージに行動が引っ張られやすくなり、負ける確率が高くなってしまいます。反対に勝つイメージを持っていると、勝つ方向に行動が向きやすくなる。秀吉の言葉は、そんな意味として捉えられるのではないでしょうか。
新規顧客の開拓や新しいプロジェクトへの取り組み、新規事業の立ち上げなど、ビジネスは未知への挑戦の連続です。リスクの考察は大切ですが、成功に導くのは失敗するイメージではなく、成功するイメージなのでしょう。
官兵衛、謙信、信玄に習う勝ち戦とビジネス成功への共通要素…
現代のビジネスは、以前にも増してスピード感が重要になりつつあります。決断の遅れが負けに直結するシチュエーションも、ビジネスでは珍しくありません。信長、秀吉、家康の三英傑に仕えた名軍師として知られる黒田官兵衛も、「戦いは考え過ぎては勝機を逸する。たとえ草履とげたとをちぐはぐに履いてでもすぐに駆け出すほどの決断。それが大切だ」という言葉を残しています。
戦はタイミングを失すれば、勝ちを逃がしてしまう。これは、その通りでしょう。 黒田官兵衛の経歴の中でもよく知られているのが、秀吉の中国大返しです。信長の命により備中(現・岡山県)に侵攻した秀吉は、毛利方の武将・清水宗治の居城である備中高松城を攻め落としにかかります。
その最中に飛び込んできたのが、信長が明智光秀に討たれたとの知らせでした。官兵衛は毛利方と和睦交渉を行うとともに、光秀打倒を秀吉に進言します。その言を受け入れた秀吉は即座に東に取って返し、山城(現・京都府)で光秀を討つことに成功しました。官兵衛の判断が遅れていたら、情勢は大きく変わっていたでしょう。
官兵衛にこのような判断ができたのも、光秀を取り巻く情勢が頭に入っていたからだと思われます。戦にはすぐに駆け出すほどの決断が必要と官兵衛は語りましたが、ただ急げばいいというのではなく、すぐ決断ができるよう常に情勢を把握しておけという意味です。ビジネスにおいても、日々の情報収集、情勢の把握を怠らず、いざという場面ではスピーディーな判断が大切であることを示唆する言葉といえそうです。
現代では、PC、インターネット、スマートフォン、AIなど新しいツール、デバイスの登場によってビジネス環境が大きく変化してきましたが、戦国時代にも、戦に変革をもたらす新しいツールが登場しました。鉄砲です。1543年に日本に伝来した鉄砲は次第に戦の場で使われるようになり、弓、やり、刀と共に戦の主要武器となっていきました。
それまでは刀文化が重きをなし、名刀を持つことが武士の誇りでもありましたが、信玄のライバルだった上杉謙信は「手にする道具は得意とする業物でよい。飛び道具を使っても、相手が死ねば死だ。鉄砲で撃っても、小太刀で斬っても、敵を討ったことには変わりはない」という、実利を重んじる考えの持ち主でした。
謙信は最新の武器で強力だから鉄砲を使えとは言っていません。得意とする業物を使えとしています。これをビジネスに置き換えると、使い慣れたツールを使うのがいいと考えることもできますが、勝負するときは自社が得意とする領域で勝負するべきだというメッセージとも受け取れそうです。
どのような心構えで戦に臨むか、いかに戦うかはもちろん大切ですが、戦をどのように評価するかも戦国武将は考えていました。「戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず」。これは武田信玄の言葉です。
十分な完勝はおごりを生み、七分ほどの勝利も怠けに通じる。五分ほどの勝利がのちの軍の励みともなり、一番良い。仕事でも、うまくいったからといっておごったり、怠けたりする元になってはいけない、むしろ失敗と成功が五分五分の結果こそ励みにすべきという戒めになりそうです。
戦に関する戦国武将の名言を見てきましたが、強くモチベーションを持ち、成功のイメージを描き、情勢を見ながらタイミングを逸しないように素早く動き、アドバンテージのあるもので勝負するというのは、現代のビジネスでも通じる重要な要素ばかりです。そして、うまくいったからといっておごったりしないこと。幾度も修羅場をくぐってきた戦国武将の言葉は、数百年を経た現在も私たちに強く訴えかけます。