大企業での人工知能(AI)の実験が進み、成果が中小企業にも使える形になり始めた。飲食、ファッション小売り、製造業までその可能性は幅広い。人手の足りない仕事をAIに任せることで、人手不足解消にも効果を上げそうだ。
「囲碁で人工知能(AI)が人間の棋士に勝った」「医師ですら見分けにくい特殊な病気の診断にAIが役立った」など、AIに関するニュースを目にする場面が増えた。
しかし、まだ多くの中小企業経営者は「AIの恩恵を受けられるのは、研究機関や大企業の話。うちの仕事に使えるようになるのは先」と考えているのではないだろうか。実は、ここ2年ほどでビジネスへのAI応用でさまざまな成果が出ており、中小企業の手に届くものになり始めた。人手不足に悩む中小企業が解決策としてAI活用を検討すべき段階に入りつつある。
人工知能ベンチャーの動向に詳しい、トーマツ ベンチャーサポート(東京・千代田)の松本雄大氏は「特定の専門分野で役立つ『特化型』のAIでは、ベンチャーと大企業が組んでいくつも実証実験が進んだ。その成果を中小企業にも使いやすいパッケージとして提供する例が今後増えてくるだろう」とみる。分かりやすく例えるなら、経理部門でクラウド型(ネット利用型)の会計ソフトに契約する感覚でAIを業務に活用できるようになりそうだ。
では、どんな仕事でAIが活用できるようになるのか。
誰でもベテランの接客
例えば、飲食店や小売店などでは、ベテランのフロアスタッフによる商品の薦め方をAIに学習させることが、販売支援に役立つ。ベテランの知恵を持つAIを組み込んだタブレット端末などを使って接客すれば、経験の浅いスタッフでも、ベテランに近い対応ができるようになる。
中でも、飲食店向けの人工知能活用を手掛けているのがリノシス(東京・千代田)だ。過去の注文履歴や店の在庫状況などから判断し、ベテランの接客スタッフのようにお薦めの料理を判断できる仕組みを開発している。冷蔵庫内の食材の量や食材の傷みやすさなどさまざまな要素を考慮して料理を提案でき、接客向上とともに廃棄ロスも減らす。
現状のサービス提供先は大企業中心だが、「接客を向上させたい飲食や小売りは業界の裾野が広い。大企業向けは数百万円規模の店舗用システムにAIを組み込む形が多いが、今後は初期投資ゼロで月々の利用料だけで導入できるモデルをめざしたい」と、リノシスの神谷勇樹社長は話す。
DMでの来店が1割増…
衣料品販売や酒の小売りなど、顧客のセンスを理解した接客にAIを役立てる分野でも実用化が進んでいる。
その先行例が、カラフル・ボード(東京・渋谷)だ。同社が開発する「SENSY(センシー)」は、好みの服を顧客がいくつか選ぶと、それぞれの服の特徴を学習して、顧客のセンスを習得。店頭やネット通販などで商品選びのアシスタントとして使えるようになる。衣料だけでなく、食品、酒、音楽、映画など嗜好性が高い多様な分野で、SENSYが顧客の好む商品を提示する姿をめざす。
2015年秋には三越伊勢丹ホールディングスと組み、伊勢丹新宿本店でSENSYによる接客の実験を始めた。タブレット端末上で顧客に好みの服を数着選んでもらうと、好みを理解して、店頭在庫の中から顧客の好みそうな商品を提示する仕組みを試した。
SENSYをより実用的な形で活用している例としては、16年6月から、紳士服販売のはるやま商事と取り組んでいる顧客別のダイレクトメール作成がある。購入履歴などの情報を基に、顧客のセンスを分析し、好みに合いそうな商品だけを掲載したダイレクトメール(DM)を作成する。通常のDMより来店率が1割以上向上したという。
さらに、ネット通販向けの活用も具体的な案件が進み始めた。16年11月末にも、レディースファッション通販の夢展望が衣料品向けの最新版「SENSY CLOSET」を導入する。最新版では顧客の購入履歴を参照し、顧客が同サイトで以前購入した商品も含めて好みに合いそうなコーディネートを提案できる機能を持つ。「女性は自宅の服との組み合わせで着回しができるかを必ず考える。画面上で簡単に着回しを試せ、購入率は確実にアップするはず」(夢展望の岡隆宏社長)
カラフル・ボードの渡辺祐樹社長も中小向けにSENSYを提供していくことを視野に入れている。「新しい案件をゼロから始めるなら少なくとも1000万円以上の費用がかかるが、ファッション関連のように中小が多い業界では、もっと使いやすいサービス形態を考えたい」と話す。
「SENSY CLOSET」では、初期導入費用を20万円からと低めに抑え、月々の利用料はサイト上での顧客の利用数に応じて従量課金をする形の提供を予定する。
ファッション業界では、ネット上で衣料の販売やレンタルをする事業者が自社の持つ顧客データに目を付け、AIを活用する動きも出てきた。20~40代の働く女性を対象に月額制のファッションレンタルサービスを手掛けるエアークローゼット(東京・港)は、レンタルする服の選択にAIを活用する予定だ。
現在の同社のサービスは月額6800円(レギュラープランのキャンペーン価格)で仕事にも着ていける普段着を貸し出すもの。会員になり、服の好み、サイズ感などを登録すると、それに合わせてスタイリストが選んだ服が届く。
このサービスを始めて約1年半の間に蓄積した会員の利用履歴をAIに学習させる考え。レンタルを使うほど、届く服が会員の好みに合うようになり、競合サービスとの差異化につなげたいという。
細かい仕事はAI任せ
こまごまとした雑務をAIに任せ、人間はより重要な仕事に時間を割く。こんな使い方も人手不足対策に役立つ。
賃貸不動産のネット仲介サービス「ノマド」を手掛けるイタンジ(東京・港)は、物件への問い合わせ対応にAIを活用している。
従来の不動産賃貸では、店頭でもネットでも、顧客から問い合わせがあるたびに情報を確認し、電話やメールで返事をするという作業に多くの時間を費やしていた。イタンジのネット仲介では、ウェブ上で顧客が入力した質問内容をAIが理解し、自動で受け答えする仕組みを持つ。今は、顧客の質問内容の8割を理解できるという。この問い合わせ対応のAIをクラウド型サービスとして他社にも提供していく。
製造業の現場でも、AIが人手不足を解消できる場面は出てきそうだ。東京工業大学発のベンチャー、SOINN(横浜市)が開発するAIのように、画像や音声など幅広い種類のデータを学習できる仕組みの開発が進んでいる。工場なら、ベテランのパート社員などが目視で行っていた製品検査をAIに任せるといった利用方法がありそうだ。
ここまで見てきたように、技術の進歩につれてAIに置き換えられる仕事は着実に増えていくだろう。中小企業の経営者にとっては、業務のアウトソーシングの新たな選択肢として、AIが加わると考えれば分かりやすそうだ。しかも、知識を与えればベテラン社員並みの判断能力が身に付く。自社のどの仕事をAIに任せるべきか、今から整理を始めるとよいだろう。
日経トップリーダー/文/宮坂賢一